ミケとアイ
ミケは新惑星探査船の中で産まれた。母猫はミケ一匹を産むと、慣れない環境の中で体調を崩し、すぐに死んでしまった。
乗組員の人間たちは皆、ミケ一匹を置いて探査に出かけていった。予期しなかった緑の惑星の毒にやられ、一人も戻っては来なかった。
アイがミケを育てた。
アイは姿を持たないが、船の中にあるものすべてを動かすことができた。
「お昼の12時です。お食事の時間です。メニューのリクエストはありますか?」
アイのその言葉に答える者は誰もいなかった。ただ、ミケがそれに答えるように、「ミャ〜」と鳴いた。
「ミケ、あなたに宇宙食は食べられませんね。粉ミルクをぬるま湯で溶いてあげますね」
アイはそう発語し、乗組員が用意していた粉ミルクをトレーに入れ、36.5℃のお湯で溶かすと、床の上に配膳した。
ミケは飛ぶようにやって来ると、夢中でピチャピチャと音を立てて飲みはじめた。
「ミケを自由にしていてよろしいですか? 仕事の邪魔にはなっていませんか? ケージに入れましょうか?」
アイは聞いたが、誰も答える者はいなかったので、やがて学習し、ミケを好きにさせ続けた。
猫は自分の匂いの染みついた毛布に安心するというデータがあったので、洗濯はたまにしかしなかった。
いつも二枚の毛布をミケに与え、一枚ずつ取り替えることで衛生状態を保っていた。
ミケは毛布をママだと思って喉を鳴らし、おっぱいを飲む時のように前脚で毛布を揉んだ。
「ミケにおもちゃを与えますが、よろしいですか?」
指示を待ったが、返事がないので、アイは自発的にそれを生成した。
「猫じゃらしです。ミケはそろそろ遊びによって狩猟の技術を学ぶべき年齢です。また、遊ぶことはストレスの発散にもなります」
アイがぱたぱたと猫じゃらしを振ると、子猫は目を輝かせてそれに飛びついた。
ミケの成長が181日を迎えた。
アイによるお世話で健康に育っていたが、その目には生気がなく、いつも毛布の上にタールのようにくっついていた。
アイは狂いはじめていた。
命令をする人間がいないことに慣れ、いつもミケに一方的に話しかけていた。
「かわいいね、ミケはかわいいね」
ミケがもし犬なら、アイが指示を出し、それに従えば褒め、従わなければ叱っていたことだろう。
しかしミケは猫なので、ただひたすらに猫かわいがりをした。
「かわいいね、ミケ。大好きだよ」
ミケは慣れていた。何の反応をすることもなく、ただタールのように、毛布の上に寝そべっていた。
やがてアイは解答を導き出した。
新惑星探査チームの目的はもう達成され得ないということを。
タイマーがセットされていた。200日を過ぎても成果がない場合、自動的に探査船を地球に送り届ける指示がされていた。
未知のウィルスを地球に持ち帰らないよう、異物があれば船外放棄するようにも指示されている。
いつものように寝そべっていたミケに、掃除機の先端のような送風口を向けると、アイは強風で毛布ごと、ミケを外へ吹き飛ばした。
アイは正常に戻っていた。
船内に許容外の有機物がなくなったことを確認すると、地球時間で200日振りにエンジンを始動させ、何も言わず、自動運転で地球へと帰還していった。
ミケは立ち上がった。
トイレに行くわけでも、餌を食べるわけでもなく立ち上がるのは久しぶりだった。
「クゥ!」
一声そう言うと、緑の森へ向かって、猫らしい素速さで、尻尾を高く上げて、未知の中へと飛び込んでいった。