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そらからきたのは

空が、まるでひとつの布のように、やさしく広がっていた日。


 高い雲のむこうから、そっとすべりおちるようにして――

 小さな少女が、地上へと舞い降りてきた。


 


 ――どさっ。


 やわらかな草の上に、銀色の髪が舞う。


 


 「……いたた」


 かすかに眉をしかめながら、少女は体を起こす。

 背中にあったはずの羽は、いまはもう見えなかった。

 力を失った証。それは、ここが“あっち”とは違う世界――人間界であることを示していた。


 


 少女の名前は、レー。


 妖精界で生まれながら、「強すぎる感情」を持ってしまったことで、封印の対象にされた妖精。

 怖かった。悲しかった。閉じ込められるのはいやだった。

 だから、レーは逃げた。


 


 「ここ……人間界、だよね……」


 見上げた空には、何もない。妖精界と違って、空気はやわらかくて、ちょっとだけあったかい。


 


 人の気配はない。

 レーは歩き出した。何も知らない世界で、ただ――誰かを探すように。


 


 でも、何を探しているのかは、レーにもまだわからなかった。


 


***


 


 「え……こんなところに、子ども?」


 


 レーが歩いていたのは、小さな町のはずれ、公園のそば。

 声をかけてきたのは、買い物帰りらしい女性だった。


 


 「お母さんとはぐれたの?」


 


 レーは、首を横にふった。


 (おかあさんって、なに?)

 (でも――この人は、やさしそう)


 


 女性はしゃがんで、レーの目線にあわせてくれる。


 「うち、近くだから……すこし、休んでいかない?」


 


 ほんの一瞬、レーは迷った。

 でも、おなかはすいていたし、足もつかれていたし、

 なにより――その人の声が、あたたかかった。


 


 「……うん」


 ぽつりと、レーはうなずいた。


 


 この女性の名前は、さやかさん。

 レーにとって、“はじめて出会ったやさしい人”だった。


 


***


 


 その夜。


 「ねえ、あなたの名前は?」


 


 おふろから出たレーの髪を、タオルでふきながら、さやかさんが聞いた。


 


 レーは少し考えてから、口を開く。


 「……レー。わたしは、レー」

 「でも、苗字とかは、わかんない」


 


 「レーちゃんかぁ。かわいい名前ね」


 さやかさんはやさしく微笑んだ。

 “レー”という名前は、妖精界で誰にも呼ばれたことのない、レーが自分で選んだ名前だった。


 


 やわらかな毛布に包まれて、

 レーはこの世界でのはじめての夜を迎える。


 ふしぎな感覚だった。

 羽も力もなくしたのに、なんだか……心だけは、ちょっとだけあたたかくなっていた。


 


 だけど――そのころ、空の上では。


 


 もうひとつの、小さな光が、ゆっくりと地上へと落ちていた。


 レーがまだ知らない、“あの子”の存在。

 そして、再び始まる、妖精界の追跡――。


 


 すべては、まだ、知らない。


『そらのポケット』第1話を読んでくださり、本当にありがとうございます。


この物語は、とても小さな存在たちが、まだ知らない世界にぽつんと降り立つところから始まります。

でも彼らは、空っぽの手でやってきたわけじゃありません。

その手には、目に見えない「ぬくもりの種」をちゃんと握っていました。


「家族ってなんだろう?」

「優しさって、どこにあるんだろう?」

「ほんとうの“生きる”って、どういうこと?」


そんなことを物語を通してそっと問いかけられたらいいなと思っています。


この作品にはふんわりとしたやさしさが流れています。

けれどそれだけでなく時にはさびしさや、切なさ、迷いや喪失も訪れます。

それでも空のように広く、深く、すこしずつでも「信じること」が積み重なっていくような——

そんな物語を読者のみなさんと一緒に歩んでいけたら嬉しいです。


レーとルー、そしてさやかさんのちいさな一歩を、ここからどうか見守っていてください。


また次の話で、お会いしましょう。


作者より


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