【8】訓練
六人はまず、村の工房へ向かった。アルクスの仮面を作った技工士のいる鍛冶屋で、アルクスの従属となった五人の武具を揃えるのである。
「ごきげんよう、アートさん」
ウォーカーが声をかけると、鉄を打っていた男――アートが険しい顔を上げる。職人気質の顔付きの男は筋骨隆々といった風采で、熱がこもる狭い工房で鉄を打っているため、顔は汗だくだった。
「揃いも揃ってなんの用だ」
「この五人に合う武具を用意したい」
どんな強面でも怯む必要のないアルクスに、アートは眉間にしわを寄せる。
「あんたが俺の作った仮面を着けた王様か」
「よくできているよ。私の思った通りに動いてくれる」
「そいつあよかった。で、こいつらに合う武具だって?」
「ああ。まずは簡単な物で構わない」
アートは片眉を上げつつ、ふむ、と呟く。工房には完成した武具が並んでいるが、アルクスの目から見て、お世辞にも上質とは言えない。素材はアルクスが目を覚ました洞窟から採っているのだろう。この村で造った物であると考えれば、上等と言えるのかもしれない。
「こいつらが使えると言ったら、この辺りじゃないか」
アートが指差した作業台には、長剣、短剣、鉄棍棒、弓、木の杖が並んでいる。アルクスはそれを眺め、ふむ、と呟いた。
「この中だったら、長剣が彼らには合いそうだな」
「剣で戦うんですか?」ハンターが問う。「魔法ではなく?」
「お前たちの魔法はまだ開放したばかりだから大した威力はない。それに、剣の腕を磨いておけば魔法がなくても戦えるようになる」
アルクスは長剣を手に取り、軽く刀身を叩く。ただの鉄を打っただけの剣だ。
「ハンターが本領発揮できそうですね」マークが言う。「昔から狩りを生業にしていた家系ですから」
「なるほどな。期待しておいてもいいかもしれんな」
「僕の能力は戦闘に関するものなんですか?」
「それはどうだろうな」
肩をすくめるアルクスに、ハンターは不満げに眉根を寄せる。いまはまだ、それをハンターに伝える必要はない。
「では、この剣を五本、用意してもらおうか」
「五本な」
アートは奥の棚から鉄の剣を取り出し、作業台に並べる。丁寧に打たれた剣であることは確かだが、やはり質が良いようには見えなかった。だが、アルクスにとってはなんの問題もなかった。
アルクスは長剣に軽く触れる。刀身を撫でる指から光が伝い、剣が淡い光を纏った。
「ふむ、こんなものか」
「何かしたのか?」
怪訝な表情のホープに、アルクスは軽く肩をすくめる。
「この鉄の剣を魔剣に変えただけだ。これで多少なりとも威力を上げることができる」
「まあ」と、イヴ。「では、戦闘能力のほぼない私たちでも、魔獣を倒せるようになるのですね」
「その通り」
アルクスは他の四本も同じように魔法をかける。ただの鉄の剣でも、アルクスの手によればただの鉄の剣ではなくなるのだ。
持ってみろ、とアルクスに促され、五人はそれぞれ魔剣となった剣を手に取る。柄の感触を確かめ、その刀身を光に反射させていた。
「すごい」マークが言う。「すんなりと手に馴染みますね!」
「まるで自分に合わせて作ったみたいだ」
つくづくと刀身を眺めるハンターに、アルクスは満足して頷く。
「では、さっそく作業に取り掛かろう」
* * *
村の西側に、十六人の民が集められた。ホープたちが選抜した民で、森を開拓する作業員に十人。魔獣が出現した際に戦う要員が六人だ。六人の装備は貧相で、上位の魔獣が出現すれば、ホープたちに助けを求めることになるだろう。だが、いまはそれでよかった。
「まずは私の祝福で能力値を上げてやろう」
「祝福、ですか」と、ハンター。「契約とは違うんですか?」
「祝福は魔法だ。契約しなくても能力値を上げたりスキルを与えたりすることができる」
アルクスは十六人を自分の前に整列させる。まずは開拓役の十人の前に手を滑らせる。十人は体を包む光に不思議そうな表情になった。ラプトールがそのうちのひとりの能力値盤を出し、アルクスに見せる。アルクスは満足してひとつ頷き、続いて六人の前に立った。先ほどとは違う魔法をかけ、またそのうちのひとりの能力値盤を見る。魔法とスキルが彼らの中で完成していた。
「さあ、これで能力値は充分だ。お前たちの働きに期待しているよ」
「まずは何から始めたらよろしいですか?」
開拓役の男が軽く手を挙げる。
「まずは森を切り拓くところからだ。伐った木材を利用して家を建てる。ルーメンの領地拡大を目指すのだよ」
ルーメンは小さい。このままアルクスの国とするためには、あまりに領地が少なかった。まずは領地を拡大し、ルーメンを豊かな町とすること。それが建国には必要なことだった。
「作業や分配は任せる。張り切りすぎてイヴの世話になるようなことにはならないように」
十六人はそれぞれ頷く。まだ目標は見えないだろうが、とにかくルーメンの領地拡大のことだけを考えていればいい。そうすれば、ルーメンの土地は生命を吹き返すことだろう。
「戦闘要員は無駄な傷を負わないように。賢い者は撤退を躊躇わない」
アルクスとしては、民を傷付けてまで国を作ろうとは思っていない。しばらくは監督が必要だろうが、いずれ自分たちで対処することができるようになるだろう。
開拓役の十人は斧やのこぎりを手にする。戦闘要員はそれぞれの武器を取った。
「お前たちは下位の魔獣を狩るといい」
戦闘要員たちが頷くのを見ると、アルクスは五人を振り向く。
「お前たちはそれより上位の魔獣を狩るように。各々、戦闘に慣れるようにな」
「マークちゃんたちに戦闘なんてできるでしょうか」
少し不安そうな表情でマークが言う。能力値を開放し、それぞれに合わせた魔剣を用意しても、農村の民であった彼らに戦闘経験はない。いまはまだ自信を持つことはできないだろう。
「お前たちは私との契約で能力値が格段に上がっている。あとは慣れるだけだ」
実際のところ、戦闘は慣れることで簡単になる。それだけの能力値は充分に与えられている。あとは経験を積むだけである。
「グリーンウォンバットとギミックバットはあんたたちに任せる」ホープが言う。「俺たちはポケットラットとそれ以外の魔獣を狩ろう」
「ポケットラットは何かあるのか?」
魔王の世界にそういった名前の魔獣はいなかった。アルクスは、ポケットラットがどんな姿かも知らなかった。
「ポケットラットはとっても小さい上に、動きが素早くて、魔法以外で倒すことはほとんど不可能なの」ウォーカーが言う。「アタシたち以外は魔法を使えない。ポケットラットは倒せないわ」
「なるほどな。では、お前たちに任せるよ」
開拓班の男が他の班員に声をかけ、木の伐採を始める。戦闘要員はそれぞれ配置に付き、五人はその外側にまとまって構えた。アルクスとラプトールは見学を始める。斧やのこぎりが響かせる伐採の音が、アルクスにとっては懐かしかった。
森の奥まで届くのではないかという音に、あちらこちらで何かの気配を感じる。
「あれがポケットラットですね」
ラプトールの声に振り向くと、亜麻色の毛の小さなねずみが群れを作ってこちらの様子を眺めていた。ウォーカーの言っていた通り体が小さく、怯えて逃げて行く速度は人間をはるかに超えていた。
「確かにあれでは簡単には捕まらないな」
「人間の速度では追いつけませんね」
「人間の速度ではな」
ポケットラットはこちらを覗き込み、すぐに逃げて行く。自分たちの弱さを自覚し、明らかに敵わない相手であることは、この小さな魔獣でも理解できるのだろう。
「あれがグリーンウォンバットです」
ラプトールが木々のあいだを指差した。緑色の毛の魔獣が様子を見に来ている。しかし、戦闘要員が近付くと、慌てた様子で逃げて行った。
「逃げた個体を追う必要はない」アルクスは言った。「人間の害にはならないだろう」
「はい」
中には攻撃的な個体もおり、森を切り拓く人間たちを敵と認識したグリーンウォンバットが開拓班に向かって行く。戦闘要員の男が剣を手に寄って行くと、低い鳴き声で威嚇した。そのまま突進して来るので、戦闘経験のない戦闘要員の男たちは少し怯む。
「ひとりが後ろから追ってひとりが回り込め」アルクスは言う。「連携を取って倒すんだ」
戦闘要員たちが取りこぼした魔獣は、ホープとハンターが代わりに討伐する。戦闘経験のない彼らでも、余裕を持って戦うことができていた。
その中で、マークが手を宙にかざす。開拓班に威嚇していた数体のポケットラットが、頭上から突き立てられた光に貫かれた。その威力は、マークが想像していた以上の効力を発揮する。抉れた地面を見つめ、マークは驚いた表情だった。
「気を付けろ」アルクスは言った。「お前たちは私との契約で格段に能力値が上がっている」
「これほどだなんて……」
「ちょうどいい機会だ。魔力の調整を覚える訓練をしろ」
魔力回路が開放されていなかった彼らは、魔法が使えると言っても首都の子どもよりも弱かった。その能力が格段に上がったのだから、調整する方法は身に付けなければならない。その点においても訓練が必要だった。
戦闘を続けていくうち、五人と戦闘班は徐々に討伐に慣れていく。効率が良いとは言えないが、魔獣が開拓班に到達することはなかった。
「この調子なら」ラプトールが言う。「放っておいても戦えるようになりそうですね」
「私の祝福は戦闘能力を上げるからな。当然なのだよ」
そのとき、開拓班の男が悲鳴を上げた。それと同時に、ずしん、と重い音が響く。
「オーガだ!」
男たちが退くのと同時に、木々のあいだから鋭い角を有する巨体がのそりと顔を覗かせた。人間より大きな体躯で、男たちの能力以上の戦闘能力を持っているのが明らかであった。
「ちょうどいい」アルクスは五人を振り向く。「倒してみろ」
「冗談だろ」と、ホープ。「無理に決まってるだろ」
オーガは森を切り拓く彼らを敵と認識している。ここで討伐しなければ、その脅威は村に届くことだろう。
「仕方ないな。お前たちの能力をより引き出してやろう」
アルクスは五人に向けて手をかざした。淡い光が彼らを包み、風に浚われて消える。能力値の底上げを感じ取った五人は、自信がなさそうな表情ではあるが、オーガに向かって行った。
オーガは巨大な棍棒を手にしている。まずはホープとハンターが素早い動きでオーガの標的を散らした。オーガの気が散った瞬間にマークが手を宙にかざす。先ほど地面を抉った光の槍が襲い掛かると、オーガは手にした棍棒でそれを跳ねのけた。その隙を狙ったイヴが風の魔法でオーガの体を引き裂く。背を丸めて威力に耐えるオーガに、ウォーカーの鋭い一撃が加えられた。剣から放たれた波動がオーガの肩に深く食い込む。オーガの反撃は深く地面を抉るが、すでに身を翻したウォーカーには届かない。
「さすが陛下の祝福ですね」ラプトールが言う。「動きが格段に変わりました」
「彼ら民を救おうという思いが能力を加速させているのだよ」
同時に地を蹴ったホープとハンターの切っ先がオーガの背中を斬り裂く。オーガは錯乱したように棍棒をめちゃくちゃに振り上げるが、イヴの風の魔法が容赦なくオーガの体を包んだ。畳み掛けるマークの光の槍に貫かれ、オーガは力を失う。その巨体は地面に倒れ込み、動かなくなった。
「……すごい……」民が呟く。「本当にオーガを……」
五人は膝に手をついて上がる息を肩で整える。戦闘能力が上がっても、体力値まで簡単に上がるようなことはない。
「良い訓練になったな。今日はこれくらいにしよう」
五人の体力が削られたまま開拓を進めるのは危険だ。今回のように上位の魔獣が出現した際、戦闘要員の六人では戦うことができない。日が暮れる前に村に戻る必要があった。