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【3】ルーメンの希望

 五人が案内したのは、朽ち果てた泉だった。ほんの少しだけ水が流れており、この僅かな水源が畑を湿しめらせていたのだ。

「見事に枯れているな」

「この泉は、テトリ山から繋がる地脈を伝って流れて来ているのだけれど」ウォーカーが言う。「川からの流れが何かしらによって遮られているのだと思うわ」

「ふむ……。では、まず畑の用意からだ」

「畑の用意……ですか?」イヴが首を傾げる。「何をなさるのですか?」

「ホープの力を使えばこの泉は蘇り、水が畑に流れ込むようになる。そのために畑を整えておくのだよ」

 五人が顔を見合わせる。泉は完全に枯れ果てており、この水源から水が畑に流れ込むことを想像できないのだ。

「本当にそんなことができるのか?」

「ホープくん、私の名前を言ってごらん?」

 不敵に微笑みながら言うアルクスに、ホープは困ったように口ごもる。アルクスは重い溜め息を落とした。

「呆れた。覚えなかったのか。まあいい。村の者に伝えて来い」

 五人はいまだ信じきれない様子だったが、静観していた民にそれぞれアルクスの言葉を伝えに行く。村民たちも顔を見合わせつつ、畑へと向かって行った。この村の畑は干上がっている。ほとんど実りのない畑に一度に水が流れ込めば、苗が耐えきれない可能性がある。民には丁寧に整えてもらう必要があった。

 小さな子どもたちも手伝って、民は懸命に畑の手入れをする。その様子を眺めながら、懐かしい、とアルクスはそんな気分になっていた。この光景を、かつての魔王も眺めていた。

「そういえば、あんたは何者なんだ?」

 ホープが不思議そうにラプトールを見上げる。ラプトールはこれまで、一言も発さずにアルクスに追従していた。

「私は魔王陛下の側近だった者だよ」

「確か騎士団長だったか」

「いまとなっては意味のない肩書です」

 騎士団長であっても、いまは小さな傀儡の側近だ。また新たな肩書を得ることだろう。

「恐ろしいことだけど……」ウォーカーが言う。「この国を滅ぼすのは、簡単なことなのでしょう?」

「いまは無理だろうな」アルクスは言う。「この体に宿ったことで、能力値が制限されている」

「あの数値で……。さすが天災級ね」

 現在のアルクスの能力値でも、ただの人間である彼らが得るには一生を懸けても可能かどうか怪しい数値である。アルクスの魂の素養として、この傀儡の体は最低値の能力を引き継いだ。それでも、彼らにとっては化け物のような数値であることは確かだった。

「でも、魔王は死んだんですよね」ハンターが言う。「やっぱり、勇者に討伐されたんですか?」

「どうだろうな。どう思う?」

「え、えっと……こうして転生してるってことは、やっぱり何かしらで死んだんじゃないんですか?」

 しどろもどろになるハンターに、アルクスはくすりと笑う。

「実に良い生だった。好きなだけ暴れた。最後は愛する民を守れた」

「私は納得がいっていません。あんな小童(こわっぱ)にわざと負けるなんて……」

 ラプトールが低い声で言うので、アルクスはまた小さく笑った。側近であった彼は、厄災魔王エヴム・イモータリスの最期を見届けている。

「よいではないか。我が民は、二度と人間の手の届かぬところへ行った。民を守ってこその王ではないかね」

「王様の鑑ね」ウォーカーが微笑む。「きっと良い王様だったのでしょうね」

「さあ、どうだろうな」

「王様!」

 子どもたちが小さな足で懸命に駆け寄って来る。その表情は明るかった。

「準備ができたよ!」

「よし。では、こちらも始めよう」

 アルクスは手を叩く。傀儡の手では良い音は鳴らなかったが、五人は力強く頷いて応えた。彼らは、ルーメンの始まりの五人となる。その覚悟は充分に決まっていた。



   *  *  *



 アルクスとラプトール、従属となった五人は、再び水源である泉の前に立つ。畑の整備が終わった民が遠巻きにそれを眺め、期待の視線を彼らに送っていた。五人は決意が固まったものの、まだ自信がないような表情をしている。彼らの力は、彼ら自身が証明する必要があった。

「ホープ、おいで」

 緊張した面持ちでホープが前に進み出る。ホープは最初のひとり。まだ自分の能力を信じきれないのだろう。

「地に手をつけ」

 身を屈めたホープは、泉の前の地面に両手をつく。穏やかな風が吹き抜け、祝福するように空は晴れ渡り、眩い太陽が見守っている。緊張するホープの背中に、アルクスはそっと触れた。ゆっくりと魔力を注ぎ込む。

「私の魔力の流れに集中しろ。それを掴み、山から下りる水が川に流れることを想像するんだ」

 ホープは静かに目を閉じ、アルクスの魔力へと意識を集中する。ホープの魔力回路が少しずつ動き出した。鍵がぜんまいを回すように、穏やかな風がホープを包み込む。それが光となって辺りに吹き抜けると、剝き出しになっていた土に小さな芽が顔を出した。それをきっかけとして、ホープの手のひらから伝うように次々と緑が広がっていく。草花に誘われるように、泉の中心から水が溢れ出した。泉が息を吹き返し、透き通った水が畑に繋がる水路へと流れ込む。ホープが目を開く頃には、青々とした草花に囲まれた泉は生命を取り戻していた。

「……すごい……」

 信じられない思いをはらんだ表情でマークが呟く。ホープが立ち上がると、緊張とともに見守っていた民が声を上げた。

「すごい! こんなに豊かな泉を見たのは生まれて初めてだ!」

「こんなに水が……!」

「これで畑が潤う……畑が蘇るんだ!」

 ホープは呆然と泉を眺める。ウォーカーとハンターが、称えるようにホープの肩を叩いた。マークとイヴは泉を覗き込み、新たな生命の水に触れる。それから、喜び合うように顔を見合わせた。

「……これを、本当に俺が……?」

 いまだ信じきれずに呟くホープに、アルクスは不敵に微笑んで見せる。

「どうだ、ホープくんよ。これがお前の『再生』の力だよ」

「……でも、これはあんたの力なんだろ?」

「私は魔力回路を開放しただけだ。この力は、お前が生まれ持ったものだよ」

「…………」

「ホープ。お前の名は、お前に相応しい」

 民は泉の復活を喜び、涙を流す者もいる。この澄んだ水がこの先、頽廃したルーメンの村の民を救うことになるのだ。

「本当に泉が蘇った!」

「こんなに綺麗な泉だったなんて……」

「これで民が飢えずに済む……!」

「すごい! これは王様がやったの?」

 興奮した表情を浮かべる子どもたちに、アルクスは小さく笑った。

「いや、このホープくんの力さ」

 アルクスが手のひらでホープを差すと、わっと民がホープのもとに集まって来る。感動を伝える者、礼を述べる者、ホープを称える者。蘇った泉を前に、すべての民が喜びを表していた。

「ホープ、嬉しそうです」マークが言う「ホープは何よりもこの村のことを考えて、ずっと役に立ちたいと思っていたんです」

「王様がホープの望みを叶えてくれた……」と、ウォーカー。「礼を言っても言い尽くせないわ」

「私は大したことはしていない。ホープの本来の力を開放しただけだよ」

 民の喜びは留まることを知らず、ホープの手を取り、涙を流している。畑の水路を見に向かった者もあり、あちらこちらで感嘆が上がった。泉の水は水路を伝って畑に流れ込み、枯れ果てていた畑も遠くなく復活する。それは、民にとって希望であった。



   *  *  *



 アルクスとラプトールの家は村の端に用意された。荒れた空き家であったが、民はあっという間に整えたのだ。古びた家屋であることに変わりなく、人間が暮らすには劣悪な環境だろう。だが、人間でない彼らが暮らすには充分であった。

 畑のほうからは相変わらず民の喜びの声が聞こえている。ルーメンにとって最初の一歩である今日は、民に落ち着く暇はないだろう。

 アルクスが喧騒を聞きながら本を読んでいると、しばらくして玄関扉が開かれた。崩れ落ちるように入って来るのはホープだった。その表情に喜びはなく、疲弊し尽くした顔をしている。

「……死ぬかと思った……」

「これはルーメンの英雄殿」アルクスは本を閉じる。「揉みくちゃになっていたな」

「みんな、大袈裟なんだよ……」

 ホープはひとつ息をつき、ようやく落ち着いた表情で立ち上がった。

「礼を言うよ。俺は正直、あんたの能力を疑っていた」

「お前の力が証明してくれたようだね」

 いまのアルクスは、厄災魔王の魂を宿していると証明することが不可能な外見をしている。証明のためには、人間にとって爆発的である能力値を開示するしかなかった。ホープの能力を開放したことが、最初の証明となったのだ。

「……あんたは、ルーメンを救ってくれるんだよな」

「私に不可能なことはないよ」

 不敵に微笑むアルクスを、澄んだ新緑の瞳が見つめる。

「これから、俺の忠誠はあんたのものだ」

 決意に満ちた表情。アルクスにはそれだけで充分だった。

「いいだろう。お前は私の国民、第一号だ。良い働きを期待しているよ」

「ああ」

 丁寧に辞儀をしてホープは去って行く。その後ろ姿に、アルクスは小さく笑う。

「若き頃のお前を思い出したよ」

 ラプトールも同じように微笑んだ。

「懐かしいですね。私の能力も、陛下が開放してくださいました」

「この小さな村がどんな発展を見せるか楽しみだよ」

 泉の復活は最初の一歩に過ぎない。この小さな村ルーメンがアルクスの国となるまで、さらなる発展が必要だ。アルクスは、自分にはそれだけの力があると確信している。あの始まりの五人を導き、ソル・フォルマ王国にも劣らない国を建てること。厄災魔王に、不可能なことはなかった。



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