第81話 真意1
辺りはオレンジ色に包まれ、やがて闇が降りてくる。
同時に空と大地にも、ぽつぽつと光が灯されてきた。
このドーム内には、完全な闇など降りてはこない。
落ちゆく闇中から徐々に浮かび上がってくるその煌めきが、ラファエルの一番美しいと感じる瞬間でもある。
それも自社ビル三十六階にある社長室からの眺めが、特に気に入っていた。
「……以上でご報告を終わります」
背後に控えていたヴェイトが、恭しく一礼をした。
今日はいつもの白衣とミニスカート姿ではなく、上下男物のスーツを着ていた。
長い髪を後ろで束ねて全身を紺で統一。靴も通常履いているパンプスなどではなく黒革靴であり、普段の彼からは想像も付かないほど、全体的に地味な印象である。
しかしメイクだけはいつもの通り、完璧ではあったのだが。
「ご苦労でしたね、ヴェイト」
薄暗い室内。全面薄いガラスで覆われている窓の外を眺めながら、ラファエルは静かに部下を労った。
「ええ。間一髪ではありましたけど、私は姉を信じておりましたから」
ヴェイトはにこりと微笑む。
「ところでラファエル様、少しお訊きしてもよろしいでしょうか」
「なんです?」
「単刀直入に伺いますわ。
若……いえラファエル様は今回の件―――あの研究施設のことといい、全てをご存じだったのではありませんか?」
ラファエルが回りくどい言い回しを嫌うことを知っているヴェイトは、直球を相手に投げ掛けた。
彼はちらりと目をヴェイトのほうへ向けるが、またすぐに視線を逸らす。
「どうやらあなたは、私を少し買い被りすぎているようですね。
いくら私でも、施設があの空間内に取り込まれたこと、そしてタスクがそこへ向かっていたということまでは予測できませんでした。
あの兄たちでさえ、必死になって探していた施設でしたからね。
それにあの調査の件は、君に一任していたはずですよ」
「……そう、でしたわね。それに関しては私のミスです。申し訳ございません」
ラファエルがこちらを見ていないことは承知の上だったが、それでもその背中に向かい、ヴェイトは深々と頭を下げた。
彼は事前にラファエルから極秘で、とある研究施設の調査を命じられていた。
しかし程なく―――タスクが失踪するのと時を同じくして、その施設もまた忽然と姿を消したという報告が、ヴェイトの元へと入ってきたのである。
当然タスクを捜索するのと同時に、調査途中だった施設をも同様に探していたのだ。
勿論、予測不能な時空移動をする、あの空間内にあるということは想定していなかった。
アレはそれほど頻繁には現れないものだったし、恐らく誰も予測することなどできなかっただろう。
全ては準備不足だったのだ。
だがそのことが、ラファエルの前では言い訳にしかならないことくらい、彼には分かっていた。
施設の中で重要なデータも発見できず、挙げ句には建物の倒壊に巻き込まれて探索が続行不可能になったのは、ヴェイトの責任でもあるからだ。
恐らく重要なデータ類は、トヲル達が閉じ込められたという地下にあったのだろうと、ヴエイトは推測している。
何故あの時に、彼らの側から離れてしまったのか。
自分は大きなミスを犯してしまったのだ。
もっとも、過ぎたことを今更悔やんでも仕方のないことではあるが。
「ですが、手がかりが全て消滅したわけではありません」
「あの惑星、ですか?」
最初に鉱物採取を依頼された、荒廃した惑星。
あそこに一体何があるというのか。
「あの鉱物……確か『黒磨晶石』という、現在では市場に出回ることのない、貴重な鉱石でしたわね」
「アレは今回の件では、あまり意味のある重要なモノではありません。調査中、偶然発見しただけにすぎないのですから。
もっとも、自社でも探索していることが兄たちにも露見しそうになったので、あなたたちに急いで回収させましたがね。
おかげであそこには暫くの間、近付くことはできないでしょう」
ラファエルは傍らのデスクに置いてあった面を手に取ると、その凹凸を愛おしそうに指先で軽く撫でつけた。
「私が後から兄たちのモノを、横取りしたような形ですし。一応私にも、罪悪感というものはあるのですよ」
本気とも、冗談ともつかないような言葉だった。
ヴェイトはその横顔を見詰めながら、自分が一番疑問に思っていたことを尋ねる。
「では、質問を変えますわ。
あの惑星と今回の『生物兵器』の件、一体どのような繋がりがあるというのでしょうか?」
この問いに対して、はぐらかされる可能性は大いにあったが、しかしヴェイトにはラファエルならこれに答えてくれるだろうという確信もあった。
過去、ラファエルが自分の問いに対し、嘘の返答をしたことはない。
でなければ自分や姉が現在まで、この男についてくることはなかったはずである。
「これはまた、歯に衣を着せない質問ですね。そこがあなたの長所でもありますが」
「お褒めにあずかり、光栄ですわ」ヴェイトは、にこりと返した。
「いいでしょう。これは特に、隠し立てをするようなことでもありませんしね。
あなたにも知っておいてもらったほうが、今後も動きやすいですから」
持っていた面を静かにデスクへ置くと、ラファエルはここで初めてヴェイトに、真正面から向き合った。




