第70話 絶体絶命
顔を俯かせていたために、コウヅキの場所からでは表情を見ることはできない。しかし纏う衣のように周囲に電火を走らせ、亡者のようにその場に佇んでいるように見えていた。
トヲルの周りで蠢いていた死体の一つが、その身体に触れる。
瞬間、トヲルからは強い閃光が放たれ、大きなスパーク音とともに火花を散らせた。その火花が触れた死体に燃え移ると、肉の焼けるような臭いとともに、あっという間にその屍を灰にしたのだ。
コウヅキは自分の目を疑った。
それは死体とはいえ、元は『ヒト』である。
先程の死体は、どう見ても人間の男性だった。
成人男性を焼死させるのに一体どれほどの時間が掛かるのかは、コウヅキにもよく分からない。だが少なくともあのような短時間で、しかも骨さえも残さずに灰にするような行為など不可能だ。
しかしそれが現実に、目の前で行われているのである。
コウヅキは他も気になり、周りをよく見渡してみた。
周囲に散らばっている、数体の死体が目に入る。当てもなく彷徨っているモノや、瓦礫の中から起き上がろうとしているモノなどもいるが、明らかに死体の数が減っているような気がした。
「オヤジ…」
タスクの屍が、ふらふらと瓦礫の中を徘徊している姿が目に入り、コウヅキは呟く。
しかしすぐにまた大きな爆音と閃光がしたので、反射的にその方向へ顔を向けた。再びトヲルが、近付いてきた死体を灰にしたのである。
「一体、何が起きているんだ?」
コウヅキには、感傷に浸っている隙などなかった。
「……ダチ」
小さな声が聞こえてきた。コウヅキはその声の主があの少女のものだと直ぐに気付き、辺りを警戒した。
少女は元制御室のあった部屋にいた。その周囲には、黒い『気』のようなものが激しく渦巻いている。それは離れているコウヅキの目からも見えていた。
「おトモダチ、いなくなっちゃった」
天井で音がする。
「また、いなくなっちゃった」
コウヅキが上を見上げると、丁度その天井に亀裂が入るのを目撃した。
「なんで、いなくなっちゃうの? なんでアイのところから、消えちゃうの?」
亀裂が更に大きくなる。
「! ……いじわる!」
その言葉を言った途端、アイの周りの『気』が、一段と広がるのを感じた。
「いじわるいじわるいじわるいじわるいじわるいじわるいじわるいじわるいじわるいじわるいじわるいじわるいじわる…!!!」
アイが同じ単語を一つ言い終わる度に、天井、床、四方を取り囲んでいる壁から、徐々に亀裂が入っていた。そしてアイの黒い気は、一気に膨張したのである。
「なっ!? コイツは!」
素早く身の危険を察知し、転がるようにして再びエレベーターの中へと避難した。
部屋全体を覆い尽くすほどの激流が、そこにはあった。アイを中心としてそれは渦を巻き、地面に散らばっていた瓦礫の破片も空中へ浮き上がると、その中に飲み込まれていった。
離れているコウヅキにも感じ取ることが出来るほどの強い『気』。
殺気。
床の一部でも隆起するのが見えた。
恐らくこの強大な圧力の流れにより、崩れだしたのだろう。避難しているエレベーターの箱さえも、上下に激しく揺れているほどである。
突然ボコッという音が足元でしたかと思うと、箱内の床も崩れて盛り上がってきた。
このエレベーター内も、もはや安全な場所ではなくなっていたのだ。
「ちっ、こんなところで……」
なるべく奥へ寄り、ミレイユを庇いながらコウヅキは脱出方法を考える。
しかし外では既に、天井も崩れ始めているのだ。
更にエレベーター内部も外側からの圧力により、変形し始めている。
この場所に閉じ込められ、二人とも押しつぶされるのは時間の問題だった。
いや、その前に崩れた天井で生き埋めになるのが先か。
何れにせよコウヅキには、為す術がなかった。




