第6話 いきなり戦闘?
「何っ!? まだ仲間がいたかっ!」
そのヒトは落下の途中でトヲルに気付いたが、気付くのが一瞬遅かった。トヲルもその場に立ち尽くしたままで逃げることができなかったために、真正面から衝突してしまい、二人は地面に転がった。幸いにも落下してきたのは二階だったため、速度はそれほどでもない。
「ツっ」
程なくしてそのヒトは、頭を振りながら身体を起こしてきた。トヲルも頭を押さえながら、続いて起き上がろうとしたのだが、
「おいっ! ソイツを捕まえるんだ!」
コウヅキの声が、上の方から聞こえる。
見上げるといつの間にかコウヅキが、落ちてきた二階の窓から身を乗り出していた。『ソイツ』というのを見れば、そのヒトは人間ではなかった。
ほぼ平均的な人間の成人男性と同様の容姿をしているのだが、肌は水色で、額に一本角が生えていた。顔はかなり強面で、筋肉質な体格をしている。
いくらこの星では人間の割合のほうが多いとはいえ、異星間交流が盛んな今の世の中では、特にそれは珍しくもない。トヲルでもその容姿を見たら『ブリリット星』のヒトだと直ぐに分かるくらいであった。
「ちっ」
ブリリット星人は舌打ちをするとフェンスの方へ駆けていき、よじ登り始めたのだ。
フェンスは金網状になっているので、登りやすかったようである。トヲルが躊躇している間にも、もう既に上の方まで登っていた。
ブリリット星人がフェンスの頂上に左手をかけた、その瞬間、
「ぐぁっ!」
叫び声と共に、ブリリット星人は転げ落ちたのだった。
呆気にとられてそれを見ていると、ブリリット星人の手の甲には深々とナイフが刺さっているのが見える。人間と同じ、赤い血が流れていた。
「テメ…っ、よくも…!」
ブリリット星人は起き上がると左手を押さえながら、トヲルに殺意を含んだ目を向ける。そしてゆっくりと少しずつ、確実にトヲルに近づいて来るのだった。
「へ?」
ようやく気づいたトヲルは一歩ずつ、その歩調に合わせるかのように後退りしていく。
トヲルは慌てて二階に目を向けた。が、そこにはもうコウヅキの姿はなかった。
ナイフを投げたのは、勿論トヲルではない。
冷静に考えればその位置から投げて当てることは、不可能だと分かるはずである。
だがブリリット星人は、頭に血が上っていた。歩きながら手に刺さっているナイフをなんの躊躇いもなく抜き、投げ捨てた。伝って流れ出る血が、地面に滴り落ちる。
それでも構わずに一歩、また一歩と、ブリリット星人は全身に怒りを漲らせながら、トヲルとの間合いを徐々に詰めていく。トヲルの背中はもう既に建物の壁に当たり、後がなかった。
目を逸らしたら確実に殺される!
咄嗟にそう思い、目を逸らすこともできなかった。
瞬間、ブリリット星人の拳が動いた。
トヲルの喉元にその拳が入る直前、横から物凄いスピードで何かがそれを阻止した。
ブリリット星人の身体が、飛ぶ。
トヲルはその一瞬、コウヅキの突きだした肘がブリリット星人の顔面に当たったのを見た気がした。
コウヅキは地面に着地すると、体勢を崩されたブリリット星人に反撃の隙を与えずにすかさず突進していった。倒れても、なお起き上がろうとするブリリット星人の背中に膝蹴りを食らわす。
再び、ブリリット星人は起き上がろうと顔を上げたのだが。
見ると角に銃口が当たっていた。コウヅキが近距離で、銃を向けていたのである。
追い打ちをかけるかのように、コウヅキがブリリット星人のナイフで刺された手を、足で踏みつけた。ブリリット星人は、痛みで顔を歪める。
「て…めっ。卑怯じゃねぇかっ!」
「フッ。卑怯もクソもあるか。あんたが逃げるのが、悪りぃんだろうが」
コウヅキは目の奥に眼光を宿らせながら、冷笑を浮かべた。
銃口を向けたままで更に体重をかける。
ブリリット星人は強烈な痛みに喘いでいる。だが、このままやられるわけにはいかなかった。
右腕の筋肉に力を溜め、その片腕だけで一気に地面を蹴る。
ブリリット星人の両足が宙に浮き、身体がエビ反りになった。そのままコウヅキの身体を挟み込む。しかしコウヅキの動きの方が、一瞬速かった。
コウヅキは横に飛んでギリギリ身体を交わすと、今度は下からブリリット星人の背中に蹴りを入れた。ブリリット星人の身体が仰向けのまま、その反動で宙に浮く。間髪入れずコウヅキはそこに、上から肘鉄を振り下ろしたのである。
ブリリット星人はそのまま地面に叩きつけられると、ピクリとも動かなくなった。
コウヅキは、ブリリット星人の身体から離れて立ち上がる。そして起き上がる気配がないことを確認した後でそのまま手に持っていた銃を、右腰に装着していたホルスターに仕舞い込んだ。
トヲルが恐る恐る背後から近づいて覗き込むと、ブリリット星人が白目を剥いて倒れているのが見えた。
「ヒト殺し…」
言いかけたトヲルの頭を、コウヅキは無言で殴る。
「気絶してるだけだから、なんなら確認してみろよ」
言われた通りにトヲルはブリリット星人の口元に手を翳し、確認する。呼吸が手のひらにかかる。確かに生きていた。
「ホントだ。なんか大丈夫みたいだ」
トヲルは、ホッと息を吐いた。
「それよりそこを退いてくれ。ソイツが逃げられないように、処置しなけりゃならないからな」
コウヅキが言う。が、トヲルは振り向いて、
「一体何ですか、このヒト。僕をここへ連れてきて、何しようって言うんですか?」
ずっと訊きたかったことを口にしたのだが。




