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うさぴょん号発進せよ  作者: 鈴代まお
第4章 対峙
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第68話 囮(おとり)

 コウヅキが倒れているミレイユを庇いながら、そこに襲ってくる死体達を倒しているのが見える。


 トヲルは開いているエレベーターの前で座り込み、呆然とその光景を眺めていた。

 何故か自分一人だけ、逃げようという気にはなれなかった。

 コウヅキの放った銃が、こちらに向かって床を滑ってきた。それは丁度座っているトヲルの膝に当たり、止まった。


 自分にはもう、何も残されてはいない。


 先程まで停止していた思考が溶けるように、ゆっくりと動き出すのを感じる。

(父さんも母さんも伯父さんも、もういないんだ)


 目が、両親の姿をしたモノ達を捉えた。

 不意に以前、ペルギウスが言った言葉を思い出した。

《「生きた証」を残したい―――》


「トヲル、そいつをここへ投げ入れろ!!」

 死体を引き剥がしながら、コウヅキがこちらに向かって叫ぶ声が聞こえてくる。


 それほど距離は離れていないはずなのだが、トヲルには遠い場所から聞こえてくるように感じられた。

 言われるままに手を伸ばし、銃を掴んだ。初めて持った銃は、手に収まるほど小型であったが、ずっしりと重かった。


(僕はいつも他人に迷惑を掛けてばかりで、何の役にも立たなかったけれど)

 銃を手に持ち、のろのろと立ち上がる。


 コウヅキとミレイユの姿は、死体達に囲まれて見えなくなっていた。

(今なら僕は……僕があの二人を助けられるかもしれない)


 できるだけ、エレベーターから遠い場所へ。


 ガラスの向こう側へ通じている、小さな出入り口が開いたままになっていることは、既に確認済みだった。


 コウヅキが自分の言うことを信じてくれたときには、すごく嬉しかった。

 初めて自分を認めてくれたような気がした。

 そんなコウヅキを、自分も信じようと思った。


 コウヅキなら、今から自分がやろうとしていることを、きっと分かってくれる。


「オモチャなら、ここにある!」

 トヲルは銃を天に、高々と掲げながら叫んでいた。


 アイがその声に反応し、顔を輝かせながらこちらに注目するのが見える。

 声と銃を持つ手が震えているのは、自分でも分かっていた。

 トヲルはその湧き上がる恐怖心を必死で押さえつけながら、銃を抱えると一気に走り出したのである。


 ガラスで仕切られた部屋の中へ、一目散に駆け込んでいた。

 だが突然、アイが目の前に現れる。

(! この娘も、瞬間移動能力者!?)


 それはペルギウスも使っていた能力だった。

 トヲルは、二人がエレベーターに乗り込めるだけの時間稼ぎくらいはできる、と思っていた。そして自分を囮にし、敵を引きつけるつもりでいたのだが。


 しかしアイというこの少女も、瞬間移動能力を使えるとは――即座に立ちはだかってくるとは、予想外のことだった。

「それ、ちょうだい」


 黒炎を携えたアイが、前からこちらに近付いてくる。トヲルは後退ったが、異臭を放っている集団も、出入り口から次々と入り込んできた。

「ね、ちょうだい。そしたら一緒に遊びましょ」


 その黒い炎はまるで生きているかの如く、今にも襲いかかってくるようだった。

 トヲルはそれを見詰めながら、殺される瞬間のタスクを思い出していた。一瞬で自分の姿と重なり合い、押さえつけていた恐怖が全身を駆け巡る。


刹那―――。


 ズンッという鈍い音とともに、トヲルの身体全体に衝撃が走った。

 一瞬何が起きたのか分からなかった。が、自分の腹付近に違和感を抱き、咄嗟に下を向いた。


 血に塗れた一本の腕が、ソコから突き出しているのが見える。

 しかしこの身に一体何が起きているのかは、まだ理解できていなかった。

 背後にも気配を感じ、首を少し巡らせてソレを見詰めた。


「母……さ……?」

 視界が急に暗くなる。変わり果てた無表情な母の顔も、同時に遠ざかっていく。

「あら、あなた…――――――」


 アイのその声が、最後だった。

 ここでようやくトヲルは理解したのだ。


 背後から母の腕が自分の腹を貫通している、と気付いたのである。


 だが既に遅く、意識はそこで途切れていた。

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