第64話 闇で蠢くモノ
トヲル達が入ってきた扉の、この部屋を挟んだ反対側、真向かいにある別の部屋へと続く扉が、いつの間にか開いていた。
奥は闇が広がっているようだ。しかしその闇が、僅かに揺れているようにも見える。
トヲルは自分の目が錯覚を起こしているのかとも思ったのだが、そうではない。目を凝らしてよく見ると、その奥で何かが蠢いているようだ。
徐々に形を成すと同時に、それらがこの部屋に入り込んできた。そのモノを捉えた瞬間、トヲルは咄嗟に口を手で押さえる。
トヲルがソレを捉える前に、コウヅキはミレイユを一気に抱き寄せた。
そこには『ヒト』がいた。
正確には『かつてヒトであったモノ』だ。
白目を剥き、首や腕、足などが、明らかにあり得ない方向に曲がっている。中には、胴体が前を向いているのに頭は百八十度後ろを向いている者や、元は白衣らしき服が破れ皮膚も裂け、内蔵や骨が飛び出ている者、身体全体が捻れている者までいた。
異臭はそこで蠢いている、十数体の集団の中から放たれているようだった。
ねっとりと絡みついた、濃い鉄のような臭い――。
今ならその正体が分かる。
トヲルはそれに耐えられなくなり、崩れるように床に手をついた。丁度水たまりのある辺りだった。
ふと、ついた手に違和感を覚えた。思わず手の平を返す。
そこには赤黒い、半分固まりかけた液体がこびり付いていた。
トヲルはハッと気付き、目の前にあるその水たまりをじっと見詰めた。
(もしかして、ここにあるものって……)
それに気が付いたとき、トヲルは胃の底から湧き上がってくるモノを、押さえることができなかった。
しかし涙とともに吐き出したのは、そのことと、この異臭のせいだけではない。
見つけてしまったのだ。
その集団の中に、変わり果てた両親の姿を。
床についた自分の手が歪んでみえる。頭がくらくらするようだった。
トヲルにはそれらが全て、非現実的なことのようにも感じられた。
身体に力が入らない。実感が湧かない。
今目の前で起こっていること、先程見てきたものまでが、遠い何処かの場所での出来事のように思えてきた。
だが無情にもこの異臭が、トヲルの現実逃避を許さなかった。
「アイのおトモダチ。そして、みんなのおトモダチよ」
恍惚としたようなアイの声が、集団の奥から響いてくる。
アイの姿は奥に隠れて見えなかったが、前にいる集団のほうは、じわじわとこちらに迫ってきているのを感じた。
「みんなも遊びたいんだって。
ねえ、遊ぼうよ。そうしたらみんな、おトモダチになれるよね」
それを合図に、集団が一斉にこちらへと襲いかかってきた。




