第63話 警告
「なんで僕のことを?」
タスクとは全く面識がなかった。当然タスクのことなど知らない。
「アキナが以前俺に、自慢の息子だと言って、写真を見せてくれたことがあった。その頃と全く変わってないから、すぐにわかったよ」
「! お前、あのアキナの子供だったのか!?」
今度はコウヅキが驚いて振り向いた。
「コウヅキも母さんのことを知ってるの?」
「ああ。昔ミレイユが入院していた病院の、担当看護師だったからな。ミレイユだけでなく、こんな俺にもやさしく接してくれた人だ」
コウヅキは目を伏せながら、顔を前に向ける。
「すまねぇな、アキナの息子。二人を守りきれなかった。……すまん」
「そんな……」
訊きたいことは山ほどあったはずだ。しかしこれ以上、言葉にはできなかった。
「てことは、オヤジが一緒に逃げたって言ってたのはアキナのことだったのか」
「逃げ、た? そうか、そういうことになってる、のか」
「それを知っていたら、俺だって! ……いや、今はそんなことより一刻も早く、オヤジを手当しねぇと」
ごぼっと音を立て、突然タスクの口から血が溢れ出てきた。
「お父さん、しっかりして!」
「どうやら肺をやられちまった、みてぇだな」
苦しそうに喘ぎながらも、タスクは血の滴り落ちる口の端を無理矢理上げて笑った。
「ねぇ、遊ぼうよぉ」
トヲルの耳元で、少女の囁く声が聞こえた。驚いて振り向くと、アイが背後に立っている。
《! むぅ、いつの間に!?》
ペルギウスもトヲルの肩で身構えていた。
《瞬時に気配を悟られぬとは、やはり我の能力がもう限界なのじゃろう。じゃがこの気配、誠に「闇の者」なのか? 若干異物も混じっておるような。とはいえ、これもまた能力低下が要因ともなれば合点はいくが、しかし……》
ペルギウスは何やら納得のいかないといった様子で独り、ぶつぶつと呟いている。だが今のトヲルにとっては、そんなことはどうでもよかった。
先程の『二人を守りきれなかった』と言っていた、タスクの言葉が頭に引っ掛かっていたのだ。
一体あれはどういうことなのか。
トヲルは目の前で、苦痛の表情を浮かべているタスクを見詰める。
本当は直接問いたかった。が、答えを訊くのは恐い。
「あ、そうだっ!」
突然アイが、ぱんっと音を鳴らして手を叩いた。
「みんなに、おトモダチを紹介してあげるね。
みんなにはここで、おトモダチになってもらったの。
だってパパが、アイはここから出ちゃいけないって言うんだもん。だからアイ、いい子にしてるの。でもおトモダチも欲しかったから、みんなにはここに来てもらったんだ」
アイがまた楽しそうに、一方的に喋っている。
「逃げろ」
タスクがコウヅキの腕を、強く引っ張った。
「オヤジ?」
「あの娘は化け物だ。黒い炎に掴まる前に、早く逃げるんだ」
「おい、どういうことだよ。それにあの娘は、一体なんなんだよ」
タスクの言っている意味が、コウヅキには分からなかった。
「とにかく今は時間がない。この部屋にある制御装置は、まだ生きている。そいつで下りている隔壁を操作すれば、ここから出られるはずだ」
コウヅキの質問には答えずに、タスクは中央付近に浮かんでいるモニターの方を指差した。
「だから、早く……」言いかけたが、タスクはまた噎せ返り吐血する。
「オヤジっ!」
「俺のことは構うな。ミレイユを連れて、早く行け!」
「お父さん、そんなのやだよ。出来ないよ!」
ミレイユが必死になって、タスクに縋り付く。
「それにこの空間は、直に消滅するんだ。こんな場所にオヤジ一人を、置いていけるわけねぇだろ!?」
《もう、遅いかもしれぬな》
ペルギウスの低い声と同時に、この部屋に最初に入ったときよりも、更に強烈な異臭がしてきた。
トヲルはそこでようやく我に返り、振り向いた。




