第60話 扉の向こう側
あまりの眩しさにトヲルは顔を背け、思わず目を瞑った。しかしそれも数秒間のことで、次第に慣れてくる。
この中は外とは違い、かなり明るい光が灯っていた。
ここは地下に位置しているはずなのだが、その割には天井が若干高いようだった。
《む?》
今まで動かなかったペルギウスが小さな声を上げ、トヲルの肩で身を起こした。
「どうかした? ペル」
《気配が……》
「気配?」
「きゃっ!?」
突然の悲鳴で、トヲルはそちらを見た。
ミレイユがコウヅキの背後にしがみつき、怯えたような表情で何かを凝視している。
「ど、どうかしたの?」
トヲルは慌てて二人のほうへ駆け寄った。
「ひ……ヒトが……」
掠れた声で、やっとそれだけを口にしたミレイユの視線の先を辿ると、
「!?」トヲルも唖然として、ソレを見た。
そこには細長いシリンダーのようなものが、床に立て掛けるように置いてあった。
シリンダーの中にはライトグリーン系の液体が、上部のほうまでなみなみと入っており、その大きさはヒト一人が直立して、やっと入れる程の狭いものだ。
実際その中には本当に、「人間」が入っていたのである。
トヲル達と同じくらいの若者が両腕を胸の辺りでクロスさせ、全裸でその中に立っていた。目は固く閉じられており、顔は真っ直ぐ前を向いた状態で無表情のまま、液体の中で微かにゆらゆらと揺れている。
「悪趣味な標本だな」
顔を顰めたコウヅキが、呻くように低い声で呟いた。
「この人は死んで……るんだよね」
呆然と凝視しながらも、トヲルは声を絞り出した。
「恐らくはそうだろうな。動くような気配もねぇしな」
トヲルは恐る恐る辺りも見渡してみた。
この部屋の通路も一本道で、出口の扉がほんの数メートル先に見える。その通路を取り囲むように、両側にこれと同じものが十数体程並んで立っていた。
中には人間の女性や子供、老人、トヲルの知っているものでは、ブリリット星人やタルーン族といった、他星種族のモノまでが目の前の男性と同じポーズで、一つのシリンダーに一体ずつ入っている。
トヲルが外からこの建物を覗いたときには表札類などは見当たらず、ここが何の目的で建設された施設なのかまでは分からなかった。だがこのようなモノが置かれているということは、生物学関係の研究でもしていたのだろうか。
(でも死体をこんな、酷い……)トヲルは眉を顰めた。
「とにかく早くこんなところ、さっさと出ようぜ。ミレイユ、周りはあんまり見るなよ」
コウヅキは腰にしがみつき、震えているミレイユを庇うように抱き寄せると、ゆっくりと通路を歩き出した。
扉の前でコウヅキが何気なく後ろを振り返る。するとトヲルが通路の中間付近に立ち、じっとしているのが目に入った。こちらの後をついてきている様子はない。
「何やってんだ。早く来いよ」
コウヅキが声を掛けるが、トヲルはその場に佇んだままで身動きひとつしなかった。
「おいっ! トヲルっ!!」
怒鳴ってみるが、やはり返事はない。まるで声が聞こえていないかのように、全く反応しなかった。
コウヅキは我慢できなくなり、ミレイユを伴ったままでトヲルに近付いてきた。
「おい、てめぇ」
トヲルは通路の脇にある、シリンダーの一つを見詰めていた。それも目を見開いて瞬きもせず、口を開けたまま、である。
コウヅキは文句を言いかけたが、その只ならぬ様子に気付いて言葉を飲み込んだ。
トヲルの唇が、微かに動いている。
何を言っているのか聞き取れず、コウヅキが思わず耳を近づけてみると、
「―――さん。なんでここに……伯父さん、が……」
トヲルがそれに向かい、繰り返し呟いているのが聞こえてきた。




