第4話 男の目的
「ゴードン商会って、あの『ゴードングループ』の?」
ゴードン商会とは、ゴードングループコンツェルンの傘下企業である。
ゴードングループは、人間が住んでいる六つの惑星全てに影響力を持つ、大財閥グループだった。
特にこの星には、多大なる力があった。というのも、創業者は元々この星の旧家の出で、商才にも長けている人物だったからである。
彼はその才能を生かし、まずはこの星を足がかりに、ゴードングループコンツェルンを急成長させたのだ。その後、金融、不動産、建築、土木、電子工学……などなど、あらゆる分野での企業を傘下に治めてきた。
「そのゴードン商会が、何故ウチの両親を?」
「そりゃあ、あんたの両親が借金残したまま行方をくらましちまったからだろ。しかも俺の相棒が手引きして、な」
その男、コウヅキはさも当然というような顔をし、さらっと言った。
「……は?」
トヲルは絨毯の敷いてある床にぺたっと座ったまま、数秒間動かなかった。
「しゃ、借金~っ!?」
突然、まさに素っ頓狂な声を出す。寝耳に水である。それに畳みかけるように、更にコウヅキは続けて言った。
「話によると、一億フォルくらいあるらしいぜ」
「い…一億!?」
大きな宇宙船が一隻は買えるくらいの金額である。
一気に全身から脱力を感じるような気がした。四肢を床につき、あからさまにガックリと項垂れる。
それを見ていたコウヅキは、流石に少し慌てた様子だった。
「あ、正確に言うと借金作ったのって、あんたの両親じゃないようだな」
「え?」
トヲルは驚いて、コウヅキのほうへ顔を向けた。
「あんたの両親のどちらかに、兄弟がいるだろ?」
「ええ、母の方にお兄さんが。僕にとっては伯父にあたる人だけど。でも……」
両親の父母(つまりトヲルにとっては祖父母にあたるわけだが)は、どちらも既に他界し、他に身寄りがなかった。唯一の身寄りである伯父とは子供の頃に何度か会い、遊んで貰った記憶もある。
「両親からは現在行方不明だって、聞かされているんですけど」
「ああ、それは当然だ。何故かというと、そいつも借金作って逃げてるんだからな」
「えええっ!?」
トヲルは目を丸くした。これも初耳である。
「しかもあんたの両親は、どうやらその連帯保証人にされちまってるらしいぜ。で、そいつが逃げて代わりに支払う羽目になっちまったみたいなんだが……俺の相棒はあんたの両親と元々知り合いだったらしくて、相談に乗っているうちに手を貸したみたいだな」
『連帯保証人』。
これは十分に考えられることだった。息子のトヲルから見ても、二人ともかなりお人好しな面があったからだ。ましてや相手は母親の兄である。両親の性格からすれば、それを無下に断ることなどはしないだろうと思われた。
だがしかし。
(逃げた?)
先程のコウヅキは確かに、両親が逃げたというようなことを言っていた。しかもコウヅキの『相棒』とやらが手引きをして。
それにその『相棒』は、元から両親と知り合いだったという。一体どのような関係なのか。そして、どういうことなのか。
トヲルがもっと詳しく話を聞こうと、口を開きかけた瞬間。
「おっと」
突然、コウヅキのしている腕輪から電子音が鳴った。外部から通信が入ったのである。
まだ持っていたナイフを近くのテーブルの上に置くと慣れた手つきで腕輪に触り、画面を出した。
「なんだあんたか。……ああ、うん、今………なんか知らない感じだぜ? ……はぁ? なんだよソレ……わかったよ。……えっ、ついで? なんだよ、何の冗談だよ。……! ……ちっ、解ったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ……」
コウヅキの怒声は時折聞こえてくるが相手の声が聞こえてこないので、トヲルには誰と会話をしているのかまでは解らなかった。
この腕輪には通信中、他人に相手の声が漏れないようプログラムされていた。つまり腕輪をしている本人にしか、声は聞こえないのである。
その詳しい仕組みをトヲルはあまりよく知らなかったが、ヒトの両耳たぶにナノマシンを埋め込み、そのナノマシンと腕輪が連動して本人にしか聞こえないようになっているらしい、ということくらいは知っていた。事実、トヲルの耳にもそのナノマシンが埋め込まれているのである。
(そうだ。もしかして)
トヲルは絨毯を見つめながら、急に思いつく。
(この人、嘘を付いてるんじゃ?)
顔を上げ、まだ話し込んでいるコウヅキの後ろ姿を見た。
両親は自分には旅行に行くと言って出て行った。当然自分はそれを信じたい。なにより、この男の言葉のほうが信用できなかった。
ゴードン商会の社員というわりには、かなりラフな格好で自分を殴った乱暴者だし、胡散臭い感じもするし。
そもそも何故、ゴードン商会が借金の取り立てに来るのか。普通は消費者金融の会社ではないのか。確かゴードングループにも消費者金融はあったはずだが、それならばそう名乗るはず。それなのに何故、商会の方を名乗るのか。
男の真意を確かめようと目をこらして、ただじっと見つめてみる。が結局、後ろ姿を見ただけでは何も解決するはずはなかった。
少し息を吐いてトヲルが諦めて目線を逸らした時、
「んじゃ、行くぜ」
通信が終わったらしきコウヅキが、トヲルに声をかけた。
「はあ……」
目線を逸らしたままで、気のない返事をする。
「な~に他人事な顔してんだよ。ほら、あんたも行くんだぜ」
「……は、え。……えええええええええ!?」
また適当に相槌を打とうとしたのだが途中でその意味を悟り、トヲルは改めて驚いたのだった。




