第47話 脱出ルート
ヴェイトの顔色の変化には、コウヅキも気付いたようだった。
「おい、どうしたんだよ」
声を掛けたのだが、しかしヴェイトはそれには答えなかった。
「現在、どのくらいまでいっているのかしら?」
「五十六%」
「! 五十六、もうそこまで……お姉ちゃん、止まるまでにはあとどれくらいの時間?」
「六時間四十三分十八秒」
三人はそのまま黙って、二人の会話を聞いていた。
続いて専門用語らしきものも飛び交い、トヲルには何を言っているのか全く理解できなかったが、真剣に何かを話し合っていることだけは分かった。
その会話には、第三者が入り込む隙はなかった。コウヅキもそれを察知したのか、それ以上は話し掛けることをしなかった。
その間にトヲルが何気なく船長の方に目をやると、エミリーの背後に回り込んでいる姿が目に入った。トヲルの位置からではその陰で見えなかったのだが、未だに動かないエミリーの後ろで、何やらゴソゴソとやっているようである。
そしてカチッという音がしたかと思ったら、エミリーが振動し始めて、目が突然開いたのだった。
どうやら、動かなくなったエミリーの起動スイッチを押したようだ。
瞬間船長の顔が、ぱあっと明るくなった。実に無邪気な笑顔である。
(船長……なんだか、すごく緊張感ないんですけど)
自分のことは棚に上げつつ思う。
「非常にまずい事態になったわ」
漸くヴェイトがこちらに向き直り、先程とは打って変わって真剣な表情で、眉間に皺まで寄せながら言ってきた。
「非常にまずいって、どういうことだ?」
「この空間内でかなり不安定な磁場が、いくつか観測されているみたいなの。
同時に通常では考えられないくらい、かなり高レベルなベクトル数値も確認できるわ。
圧縮率も加速度的に高くなり、更には膨張現象も始まっているようね。
それが原因で、この流れにも影響を及ぼしているみたい」
「あの、それってつまり、どういうこと?」
きょとんとした顔で、ミレイユが質問した。
「簡単に言うと、あと六時間三十分くらいでこの空間は爆発する、ということかしら」
「爆発!?」
三人が同時にハモって言った。
「これは私にとっても、全くの予想外なことだわ。
普通なら簡単に抜け出せるこの空間を、高密度な磁場が膨張し、なお且つその流れを不規則にさせている。
何故そのような現象がここで起こるのか、どのようなエレメントが関係しているのか……現段階では、データ不足で正確には分からないけれど。
過去にもそういう事例がいくつか報告されているとはいえ、滅多に起こる現象でもないのよね」
ヴェイトは額に手を当てながら、独り言のようにブツブツと呟いている。
「ここが爆発したら、この空間はどうなるんだ?」
なんとなく予想できることではあったが、コウヅキは敢えて聞いてみた。
「勿論、消滅するわ」
「まさかとは思うが、俺達は大丈夫なんだろうな?」
「それは……今は何とも言えないわね」
「! 何だと!? さっきは簡単に抜け出せるって、言ってたじゃねぇかっ!」
コウヅキはヴェイトに詰め寄った。だがヴェイトは怯まずに、冷静さを保ったままである。
「普通なら、ね。でも状況は変わったのよ。
今この船は、磁場の流れに乗って移動しているけれど、これが正常な流れではなくなってしまったから。
本来ならこの流れに沿っていけば、外へ出られるはずなんだけど、それが正常ではないということは……つまり現在この船は、何処へ向かっているのか分からない状態なのよ」
「何でそうなるんだ?」
「恐らく膨張現象の影響で、磁場の流れが不規則になったからよ。
しかもその流れが、徐々に弱くなってきている。何れはそれも止まることになるわ」
「流れが止まったら、どういうことになるんだ?」
「エネルギー蓄積により肥大し、爆発するわね」
「………」
船内が、しんと静まり返った。
それを最初に打ち破ったのは、弱々しいトヲルの声だった。
「僕たちはもう……駄目ってこと?」
「それもまだ分からない。それに諦めるのはまだ早いと思うわ。今お姉ちゃんが、正常なルートを探している最中だから」
ヴェイトの声に呼応するかのように、セリシアのキーを叩く音が一段と速くなっていった。




