第45話 磁空転位
「腕輪の通信機能が使えないってことは、翻訳機能も使えないってことね」
いつからそこにいたのか。ヴェイトが腕を組んだ姿勢で、階段の手摺りに凭れて立っていた。
「どういうことだ?」
腕輪には通信機能の他に、翻訳機能も備わっている。本来言語の通じない他種族とのコミュニケーションには、それを介して行っているのだ。
「ほら、お姉ちゃん起きて」
ヴェイトは倒れているセリシアに近付くと、軽く肩を揺さぶった。
程なくして「……ん」という息の漏れるような声と共に、ゆっくりと目が開かれた。起きたばかりでまだぼうっとしているセリシアに落ちていた眼鏡を渡すと、ヴェイトは代わりにマシンを操作する。
(セリシアってよく見たらヴェイトと双子なだけあって、けっこう美人だな。きっとヴェイトみたいな格好をすれば、かなり綺麗になるんだろうな)
眼鏡を外しているセリシアを見ながら、トヲルは何となくそう思った。
「原因はこれね。それにしてもこの船、よくこんな状態で大きな浮遊物にも衝突せず、無事でいられたわね」
感心したようなヴェイトの声で、トヲルは慌てて視線を戻した。
「何か分かったのか?」
「ええ。この付近一帯の空間には、非常に高密度な磁場を確認できるわ。所謂『磁気嵐』ってやつね」
「それが何だってんだ?」
「その影響で一部を除いて、通信機器類は殆ど使い物にならないのよ。私達だって突然別空間へ飲み込まれて、身体がその急激な環境の変化に対応しきれずに、全員失神していたわけだしね」
「ちょっと待て。別空間って……」
「この航行記録を見る限り、間違いないわね。この場所は私達がさっきまでいた宇宙とは違う、別次元の空間よ」
「磁空転位現象」
いつもの表情に戻ったセリシアが、ヴェイトの操作している画面を傍らで見詰めながら、ぽつりと小さく呟いた。
「〓↑∋※★△◎√≒¶……」
突然割って入るように、先程まで黙ってこちらの様子を窺っていた船長が、再び話し掛けてくる。しかし、やはり言葉が通じない。
それに気付いたヴェイトが船長の方へ近付いて行くと、なんと会話を始めたのである。
(ヴェイトって人間の言葉だけじゃなくて、船長の星のも喋れるんだ)
船長と会話中のヴェイトを、トヲルは驚きながら見ていた。
暫く話し込んだ後に、ヴェイトがこちらへと戻って来た。
「取り敢えず、船長には大体説明しておいたわ」
「だったらこっちにも、早く分かるように説明してくれよ」
コウヅキは随分待たされたせいか、苛立った声を投げ掛ける。
それに対してヴェイトは透き通るような長い銀髪を掻き上げると、深々と溜息を吐いた。




