第43話 回顧3
男は無意識のうちにアキナから視線を逸らしていた。それが全てを物語っているようだった。
「兄は私の……私達にとっては、たった一人の兄なんです。それに兄は小さい頃に両親を亡くした私の親代わりを、ずっとしてくれていました」
「他に身寄りのない私のことも、本当の兄弟のように接してくれて……私達の子供のことも、本当の自分の子供のように可愛がってもらっていました」
「確かに兄は一度事業に失敗して、多額の借金を抱えてしまいました。もしかしたらそれが原因で、保証人になっている私達に迷惑をかけたくないためにあんな大金を無理して……。だから私達は、そんな兄を助けたいんです」
二人の切実な想いが、痛いほど伝わってくるようだった。
「それにその場所がワープ圏外だからといって、それほど危険なわけではないのでしょう?」
確かにそうだった。男は何も、死を覚悟してまで戦地に赴こうというわけではない。ただ調査に行くだけである。
「もし兄が何かのトラブルに巻き込まれているのなら、手遅れになる前に一刻も早く、兄を見つけたいんです」
アキナは決意を込めた眼差しでこちらを見てきた。
正直、人手は多いほうがいいと思っていた。自分一人ではやはり限界がある。
もし必要に迫られて向こう側に侵入をしなければならなくなった場合、ハルヒトのシステムエンジニアとしての腕が必要になってくるかもしれない、とも考えていた。実はこのことを調べる時にも、少しだけだが手伝ってもらっていたのだ。
(そして俺は二人がついてくることを了承してしまった)
男は思い出していた。
あれは、ほんの数日前の出来事だったはずだ。
(あの時に俺が二人の同行を認めなければ、こんなことには……)
……こんなこと?
(俺は……)
全てを思い出していた。
今自分が置かれている立場も含め、全てを。
同時に今まで失われていた五感が、徐々に戻ってくる。
遠い、古い記憶の中にある異臭が、鼻腔の奥に無理矢理割り込んでくる。
「これであなたもおトモダチねっ」
声も聞こえる。少女の声だ。
「ふふふっ、楽しみっ」
少女の無邪気な笑い声が響いている。
長い――。
長い夢を見ていた。
本当ならば、調査が終われば直ぐにでも帰還するつもりだった。ここに長く滞在するつもりもなかった。
ただ、アキナの兄の消息を確認するだけで良かったのである。帰還した後は自分ひとりで、どんな罰でも受ける覚悟はできていた。
それがまさか、こんなことになるなんて。
(俺は、守れなかった)
男は激しく後悔していた。
ゴメン。
ミレイユ――。
スマン。
コウヅキ――。
混濁する意識の中で、男は子供達に詫びることしかできなかった。




