第40話 調査資料
トヲルはそのまま操舵室へと続く階段を上っていったのだが。
「全く、オメーはいつも来んのが遅せぇんだよ」
案の定、コウヅキがまた文句を言ってきた。
「しょれではトヲル、早速回収したものを見せるでち。確か紙のようなものがある、とか言っていたでちね」
「あ!」
小さく声を上げ、ここでようやく思い出した。
「す、すいません。ソレ、穴から逃げるときに無くしてしまいましたっ!」
即座に頭を下げて謝った。船長からは小言の一つでも言われる覚悟をしていたが、しかし。
「まあ……無くしたものは仕方ないでちね」
意外にも、トヲルを責めるようなことはしなかった。
「本当はそれも重要なモノでちたけど、今目の前に居る生きた資料のほうが更に重要でちから」
そう言うとトヲルの手のほうに、意味ありげな視線を送った。
(生きた資料?)
「あれ? コイツ、さっきからなんか動いていないんじゃないか?」
置物のように全く動かないペルギウスの異変に気付いたのか、コウヅキが人差し指でその身体を小突いてくる。
「あ、そ、そんなことないって。き、き、気のせいだよ、きっと……」
慌てて自分の背後に隠すように、ペルギウスを移動させた。コウヅキが疑わしい視線を投げ掛ける。
「では、早速しょれをこちらへ寄越すでち」
船長が先程と同じように、また手を差し出してきたのだが。
「船長、その前に一つ聞きたいことがあるんですけど」
「む? またでちか。今度はなんでち?」
船長がややうんざりしたような表情をしたが、構わずに言葉を続ける。
「そちらに渡した後って……この動物はその後一体、どういうことになるんですか?
ペットとして何処かに売り払われたりとか、されるんでしょうか?」
「決まってんだろ。解剖されるんだよ」
船長が答える前に、コウヅキがまだ乾いていない髪を弄びながら言った。
「解剖っ!?」
驚きの声を上げたトヲルに船長は一つ咳払いをした後で、改めて答える。
「この生物に関しては今後会社の研究機関等で、様々な調査をしゅることになるでちょうね。生命体のいないはずの惑星に、生きて存在していたわけでちから。もっとも、解剖しゃれるかどうかは分からないでちけどね」
「それにもし会社の利益になりそうなものであれば、利用しない手はないしな。間違ってもペットになんかしねぇぞ」
コウヅキはトヲルを嘲笑するかのような笑みを浮かべた。
「とにかく、早くこちらへ」
「は……はぁ」
急かされたトヲルは時間を稼ぐように、ゆっくりとペルギウスを前へ差し出した。
(ゴメン、ペル……やっぱり間に合わないみたいだ)
心の中で詫びながら。
ピクンッと、ペルギウスの耳が動いた。
《来る!》
一瞬目を見開くと一言だけそう呟き、再び目を閉じた。
「えっ!?」
突然のことで驚き、トヲルはペルギウスを落としそうになった。
(く、来るって……何が?)
「どうかちまちたか?」
辺りを落ち着きなく見回し始めたトヲルに、船長は訝しげな目線を送った。コウヅキも腕を組んだままで、眉を顰めてこちらを見詰めている。
「船長」
今まで船のオペレーションをしていたセリシアが、静かに声を掛けてきた。
「座標軸0257 6849で、高圧縮エネルギー反応を確認しました」
その言葉に返事をする直前で、ぐらりと船体が大きく揺れた。同時に、辺りが眩しい光に包まれていくのを感じる。
そのあまりの眩しさでトヲルは目を閉じていた。そして自分の意識もまた光に溶けていくような、そんな感覚に見舞われた。




