第39話 生きた証
「時間がないって、どういうこと?」
そういえばさっきもそんなことを言っていたな、などと思う。
《我の宿りしこの身体は、今は死体じゃ。我らは本来、生存しておる「地の者」に寄生する種族なのじゃ。今は辛うじてこの肉体に留まっておるが何れはそれも朽ち、我の意識はここから離れる。其方達の刻で言うなれば保ってあと二十四時間……つまり一日程じゃ》
「その後ペルはどうなるの? ……死ぬってこと?」
《肉体を失った我は暫くは中空に留まっておるが、やがては自然に滅することになる。もっとも近くに「地の者」で生存しておる者がいれば、話は別だったのだが》
「別?」
《他の「地の者」の身体に乗り移ることが可能だからじゃ。新たな肉体を得られれば、我らは生き延びることができるからな》
「え!? 乗り移るって、そんなに簡単にできることなの?」
トヲルは目を丸くした。しかしペルギウスは首を横に振った。
《我らにとってそれは、其方が思うよりも容易いことではない。
何故なら別の身体への移動時に、生命エネルギーを大量に消費せねばならぬからじゃ。
つまりは自身の命を削って、別の者に寄生をせねばならない。だから無闇に寄生を繰り返すことはできぬ、ということじゃ》
「てことは一つの身体に長く寄生したら、君達はその分長生きができる、ということになるのかな」
《そういうことじゃ。だから我らは極力、別の身体への移動は避けたいのじゃ。負荷が大きいからの》
(あ! もしかして、それで?)
先程ペルギウスが言っていた『強い肉体を求めての争い』の意味が、やっと分かったような気がした。強い肉体――即ち丈夫で長持ちのする身体を得られれば、その分長く生きられるのだ。
《どうやら長話が過ぎてしまったようじゃ。そろそろ始めるぞよ》
「でも何で? ペルは、自分がもうすぐ死ぬって分かっているのに何でこんな……」
ペルギウスは再び、ゆっくりと目を閉じた。
《其方に恩を返したい、ということもあるのじゃが……もしかしたら其方には、我の「生きた証」を残したいだけなのかもや知れぬな》
「えっ、僕に生きた証? それってどういうこと?」
ペルギウスの言っている意味が分からずにまた聞き返してみたのだが、今度は何も答えてはくれなかった。どうやら既にダイブに入ってしまったようである。
トヲルは考え込むように暫くそこに留まっていたのだが、やがてひとつ溜息を吐くと、目を閉じたままで全く動かなくなってしまったペルギウスを両手で抱え込むように持ち、廊下を歩き始めたのだった。




