第38話 ダイブ
トヲルは着替え終わると、直ぐに船長の所へ向かうことにした。またぐずぐずしていたら、コウヅキに何を言われるか分からない。
「そういえば君の名前、聞いてなかったね。僕はトヲル。……君は?」
廊下を歩きながら、肩に乗っている小動物に話し掛けた。
《我の名か? 我が名はペルギウス。
皆からは「ペル」という愛称で親しまれておった。其方もそう呼ぶがよい》
(そう呼ぶがよい、って命令されてもなぁ……確かに、そっちのほうが呼びやすいけどさ)
愛称まであるのか、と内心呆れつつも先程の話を尋ねてみる。
「あの……じゃあペル、さっきの話だけど。『礼』って一体?」
《我ら種族は、非常に義理堅いのじゃ。故に、受けた恩は必ず返さねばならぬ》
「そうなんだ。でもそれって具体的には、どんなことをするの?」
《まだ考えてはおらぬ》
アッサリと言った小動物に対して、トヲルはガクッと転けそうになった。
「な、何だ~。まだ決まってないのかぁ」
《じゃが、早急に何かを考えるぞよ。其方も何かして欲しいことがあるのであれば、我に遠慮無く言うがよい。出来る範囲内でなら、何でも言うことを聞くぞ》
「いや別にそんな、無理に返してもらわなくたっていいよ。特にして欲しいこととかも、ないしさ」
(助けたのも偶然だしね)続けて口には出さず、心の中で思う。
「それに、僕がして欲しいことは君には無理だと思うし」
《何じゃ? やはり其方、何か願いがあるのじゃな?》
「そうだけど。君には絶対に叶えることのできない願いだよ」
《それでも構わぬ。例えそれが叶わぬとて、言うだけなら損はあるまい?》
トヲルはその場で立ち止まると暫く迷っていたのだが、ペルギウスの言うことも一理あるような気がした。
「それじゃ一応言うけど……僕の願いは『両親を捜してほしい』。それだけだよ」
《両親? その者達が今何処におるのか分からぬ、ということか?》
「うん、でも無理だよね。今この船でも探している最中だけど、それでも見つからないんだから」
このような小動物一匹がそれを見つけ出せるとは、とても思えなかった。
《じゃが、やってみる価値はあるかもしれぬぞ》
ペルギウスはそう言うと、トヲルの頭に移動した。
《其方、両親の顔を思い浮かべるのじゃ》
「え? う、うん」
ペルギウスが一体何をするつもりなのかは分からなかったが、トヲルは言われるままに目を瞑った。その間額には、柔らかいモノが当たっているような感触がする。もしかするとそれは、ペルギウスの肉球なのだろうか。
《……これで其方の思考は読み取ったぞよ》
再びペルギウスはトヲルの肩に移動した。
《我には透視力がある》
「えっ!?」
《それは、遠方のものを探索することにも用いられる》
「そ、それじゃあ……?」
トヲルは一筋の淡い期待を抱いたのだが。
《しかし今の我では本来の能力の半分にも満たない。つまり、成功するか否かは分からぬということじゃ》
「な、なんだよ~。期待させないでよ」
一瞬で谷底まで突き落とされたような気分である。
《我は「やってみる価値はある」と言うたのじゃ。確かに成功する確率は、一割にも満たない》
「一割!? それじゃ、絶対に無理じゃないか」
《無理かどうかは、やってみなければ分からぬぞ。例え少ない可能性でもそれに賭けることができる、とは思わぬか?》
最初から無理なことを、何故しようとするのだろうか。トヲルにはペルギウスの言っていることが分からなかった。
トヲルが暫く沈黙していると。
《我は取り敢えず、それを試してみることにしよう》
おもむろにぽんっと軽くペルギウスは飛ぶと、トヲルの手のひらに着地した。
《我は意識を集中し、深い潜り(ダイブ)に入らねばならぬ。その間其方には、我を落とさぬように頼みたい》
「そんな勝手に! それが無駄だって分かっているのに、何で?」
《我には時間がない。我の宿りしこの身体は、もうそれほど長くは持たぬのじゃ》
ペルギウスは目を閉じながら、静かに答えた。




