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うさぴょん号発進せよ  作者: 鈴代まお
第2章 解印
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第37話 独り

 コウヅキは既に着替えも終わり、シャワーを浴びに行くと言って出て行った。

 現在この更衣室にいるのはトヲルと小動物だけである。


 小動物は隅のほうで目を閉じ瞑想でもしているかのように、微動だにせずそこへ佇んでいる。

 トヲルが船長の申し出を断ったのは引き渡す前に、小動物の話をもっと詳しく聞きたかったからだ。しかし着替えながらもソレに何と言って話し掛ければよいのか、まだ悩んでいた。


《やはり我の力、もう完全には戻らぬようじゃな》

 おもむろに目を開け、小動物が諦めたように最初に口を開いた。

《我は其方に感謝しておる》

「え?」

 突然話し掛けられ、トヲルは驚いて聞き返した。


《其方は我をあの「封印の間」から助け出してくれた》

「封印の間?」

《そうじゃ。我は不覚にも「闇の者」の策略に陥り、あのような場所に眠らされてしまったのじゃ》


 トヲルは檻の中に、石の固まりのようなものが置いてあったのを思い出した。あの時は暗くてよく見えなかったのだが。

「……でも、「闇の者」っていうのは?」

《そうか。其方達は我らのことを何も知らぬのじゃな》

 小動物はトヲルの顔を下から覗き込むかのように、じっと凝視した。


《我らは彼の地で、三種族が共に暮らしておった。

それぞれ「聖の者」「闇の者」「地の者」に別けられる。

その中でも「聖の者」「闇の者」は肉体を持たず、唯一肉体を持つ「地の者」の身体に……言い方は悪いが、寄生して生きておった。

その点からいうと其方達も肉体を持つ故、「地の者」に近しい存在であるな》


「じゃあ、その『地の者』っていうのは、僕達と同じような感じなの?」

《そうじゃ。其方達の組織構造に酷似した種族じゃった。そして元はこの肉体も、「地の者」のものじゃ》

「え? だったら君は……」

《我は「聖の者」じゃ。

先程も言った通り「聖の者」と「闇の者」は「地の者」の肉体に寄生することで、生き長らえることができる。しかし「聖の者」と「闇の者」は互いが相反する存在》


「相反する?」

《両者は言わば、表と裏。或いは光と闇。

根本的な互いの次元が違いすぎるのか我の知る限り、協和関係を築くことは一切ない。これは太古の昔より、我らが祖先の代から続いておることなのじゃ》


 要するにこの二つはそれほど昔から仲が悪い種族、ということなのだろうか。

《そして互いがより強い肉体を得ようとするあまり、常に争いは絶えなかった。そして我も例外ではなくその渦に巻き込まれてしまった、という理由わけじゃ》

(つまりこの動物は「闇の者」っていう敵に、檻の中に閉じこめられたってことなのかな?)


 トヲルは無意識のうちに眉間に皺を寄せていた。話の内容があまりにも自分の理解の域を越えていたために、途中からついて行けなくなったのである。

 しかし小動物のほうはそんなトヲルに気付かずに、その間にも話を先に進めていった。


《我の当初の計画ではあの「封印の間」に敵を誘き寄せ、隙をついて奴が寄生しておる「地の者」の身体を乗っ取る計画じゃった》

 小動物は苦々しい顔をしながら続けて言った。

《ところが我の思惑は外れ、逆に我が敵に足止めされてしまったのじゃ。とはいえ、これほど長い刻とは思わなかったが》

(身体を乗っ取るって……)

 「聖の者」「闇の者」という響きから、トヲルは勝手に「闇の者」というのは悪者なのかと想像していたのだが、どうやらそういうことでもないらしい。


「えぇっと……その『強い肉体』っていうのは、例えばどんな?」

《それは当然、生命エネルギーの溢れた者のことをいう。……そう例えば、其方達「人間」もその部類に入るのであろうな》

「えっ!? もしかして僕達のことを知っているの?」


 トヲルは『人間』という言葉を発した小動物に、思わず驚きの声を上げた。

《我は直接触れた者の言語、肉体の組織構造を一瞬で理解する能力を持っておる。これは肉体を持たぬ我らが、生きていくために必要な力じゃ。それ故、其方達が「人間」という者じゃと理解したのじゃが、しかし……》

 小動物は言葉を一旦切り、苦悶の表情を浮かべた。

《我の能力は現在は殆ど戻っておらぬ。本来ならば複数の者との意思疎通が可能なはずなのじゃが、どうやら今は其方一人が限界なようじゃの》

「それってつまり、僕だけにしか話すことができないってこと?」

 トヲルの問いに、小動物はコクリと頷いた。


《封印の影響か或いは、我が宿っているこの肉体の影響か。何れかは分からぬが》

「肉体の影響?」

《そうじゃ。我の宿りしこの者の意識は、もう既に感じられぬ。どうやら我が眠っている間に寿命が尽き、息絶えてしまったようじゃ》

 小動物はそう言うと両耳を下に向け、俯いた。


《……一体どれ程、我は眠っておったのじゃろうな。

その間にあの地が、あのような変わり果てた姿になっていようとは。

しかも同胞の気配さえ、もう既に感じられぬとは……な》


 絶望感――。

 この小動物からそれが漂ってくるようだった。


 自分が眠っている間に母星が荒廃し。


 仲間も全員いなくなり。


 後に残ったのは、自分独り。


 トヲルはもしそれが自分だったら……と思うと、遣るせない気持ちになった。少しだが、小動物の気持ちも分かるような気がしたのである。

 ミレイユはこの船のクルー達を『家族』のようなものだと言ってくれていた。しかしここでの生活が一ヶ月程しか経っていないトヲルにとっては、まだそのように思えるほどの親しい感情はない。


 今まで当たり前のように、側にいた両親。

 平和な日常。それが当然のことだと思っていた。


 何故両親は自分に借金のことを一言も告げずに失踪したのか。

 両親にとって、自分は一体何だったのか。


 その答えを知っている者は今は誰も側にはいない。


《何も其方がそのような顔をする必要はないぞよ》

 小動物の言葉に、トヲルはハッと我に返った。

《何れにせよ、我に残された時間も少ないはずじゃ》

「え?」


 眼をゴシゴシと擦りながら、トヲルは聞き返した。

《我は、其方に助けて貰った礼がしたい》

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