第32話 荒廃した星
小型船は無事に、滑走路を飛び立った。
『着陸ポイント、転送します』
「了解」
セリシアから送られてきたポイント地点に合わせて、コウヅキは船を降ろした。
この惑星は辺り一面、岩盤しかない。事前に調査したところ、生命体の存在しない星なのだという。つまりここには生物や植物などが一切ない、ということらしい。
降りたのは三六〇度見渡す限りの高い崖に囲まれた場所で、どうやらその谷間にある低地部のようだ。所々針山のように鋭く突きだした岩盤も見える。
天に輝く星々の光で、辺りはボンヤリと明るかった。
『今、到着したぜ』
『分かったでち』
トヲルの耳にはコウヅキと船長の会話が聞こえていた。顔全体を覆っているヘルメットには、酸素供給という役目の他にマイクとスピーカーが付いており、通信ができるのである。
『……て、お前何やってんだよ』
呆れたような顔で、コウヅキはトヲルの方を見た。トヲルが先程からその場で、何度かジャンプをしていたのである。
「なんか身体が急に軽くなったなぁ、なんて思って」
この地に着くまではかなり不安だったトヲルだが、地面に足が付いた途端にそれが一気に払拭されていた。それまであった宇宙服の煩わしさもなくなり身が軽く、多少余裕も出てきたのである。
『ん? どうちたでちか?』
『いや、こっちの話だ。それよりどっちへ行けばいい?』
『そちらへ位置座標を転送するでち』
程なくしてコウヅキのヘルメットへデータが転送され、目の前に投影された。それに従いコウヅキは移動する。トヲルも持ってきた荷物を抱え、ついていく。
突如、地面が大きく揺れた。
音が聞こえていれば地響きを立てているのが分かるのだろうが、ヘルメットの中には外音が聞こえてこないのである。トヲルは恐怖もあったのだが、なにより大きな揺れで立っていられなくなり四肢を地面につけていた。
『どうやら岩盤がいくつか遠くの方で、地表に飛び出してきている様子でちね』
現場の恐怖感とは裏腹に、船長はのんびりとした口調で言った。
今でもこの地では、常に地殻変動が起こっているのだという。
年中地震が起こり、時折このように地下で眠っている岩盤が地表に迫り出されてくることもあるというのだ。この現象は現在まで数百年間続いているらしく、地形も常に変化し続けているというのが、これまでの調査で分かっていることだった。
「あの……ここも危険、てことはないんですか?」
『一〇〇%というのは保障できないでちけど、確率はかなり低いでちから大丈夫でちよ』
軽い調子で答えた船長の言葉が、更にトヲルの恐怖心を煽っていた。
しかしようやく大地震が収まりコウヅキも歩き出したので、トヲルは渋々起き上がって後へ続いた。
『やっと着いたぜ』
暫く歩くと崖が真っ二つに割れたような場所に到着した。目の前にある割れ目部分は人が一人、横歩きでなんとか通れそうな幅である。トヲルは荷物を持っていたがさほど大きな物ではなかったため、難なく通ることができた。
そこを抜けると狭い空間があり、その先には岩を刳り抜いたような狭い穴があった。中は真っ暗で、奥が全く見えない。
『穴の前に到着したぜ』
『うむ。しょれを潜り抜けると、しょの先が目的地でち』
コウヅキは腕に装着しているライトを点けると、そのまま中へ入っていった。二人は四つん這いになり、這って移動する。
(そういえばこの穴は人為的に刳り抜いたような跡があるって、船長が言ってたっけ)
調査を進めていった結果、この星には生命体らしきものの痕跡が残っているらしい。この岩穴もその一つだというのだ。つまり元々この地には知的生命体が住んでいた、ということになる。いつ頃滅んだのかは正確には分からないが、恐らくこの地殻変動が原因だろうという推測だった。
暫く進むと、先の方に明かりが見えてきた。どうやら終点に辿り着いたようである。
立ち上がり辺りを見回すと、先程よりは割と広めの空間だった。上を見上げるとそのまま、星の光が地上へと降り注いでいる。
地面には小型無人探査用ロボからの映像で見た鉱物が、五~六本を一組としていくつか地面へ突き刺さっていた。それは映像で見るよりも明るい光を放ち、見ようによっては突き刺さっているというより、生えているといった感じだ。
『これから回収作業を開始するぜ』
『了解したでち』
『お前はあっちのほうを頼む』
コウヅキが指を差した方向に視線を向けると、そこは崖になっていた。
遠くを見渡すと断崖絶壁な岩肌が、所々覗いている。トヲルの目の前、約五m先にも同じような崖が垂直にそびえており、この場所との間には隙間があった。
この一角のみ地面が平らなことから推測すれば、恐らくは元々地続きだった場所が地殻変動の影響で崩れた、といったところであろう。その一番端の丁度切り立った場所に、数組ほどの鉱物が地面から飛び出しているのが見える。
(うう……よりにもよって、なんであんなところにあるんだよ)
心の中で泣き言を言ってみるが事態が改善されるわけでもないので、諦めて指示された場所へと移動した。おもむろに荷物の中から袋をいくつか取り出し、作業を開始する。
小型無人探査用ロボからのデータによれば、一つの鉱物の大きさは平均約十二センチだという。その根元部分を持ってきた工具で叩き割り、回収するのである。
軽く数回叩けば楽に採ることができたし、重さも軽かった。ここにある鉱物の数も二十~三十組程度である。
それは船長が事前に話していた通り、実に簡単な作業だった。とはいえその間も細かい地震が立て続けに起こっており、油断はできなかったのだが。
二人は黙々と袋に鉱物を入れていった。
(そういえば下って、一体どうなっているんだろ)
一息吐いたトヲルは好奇心に駆られ、向かいにある崖との隙間の空間を恐る恐る上から覗き込んでみた。
星明かりさえ届かない闇がそこにはあった。光も下まで当ててみるが、全く用を為さないほどの深い闇である。ずっと覗いていると、その下に吸い込まれそうだった。
(うわっ、深そう。……み、見なかったことにしよう)
急に恐くなり慌てて後ろへ下がろうとしたのだが、突然地面が大きく揺れた。
がくんっと、身体が傾く。
「へ?」
気が付けばトヲルは、その闇へと吸い込まれていた。




