第31話 出航
「すいません。もう、かなり良くなりました」
「そう? それは良かったわ」
ヴェイトはそう言うと、にっこりと微笑んだ。
辺りには消毒薬の臭いが充満している。ここはヴェイトがいつも居る、医務室だった。
「それじゃあ、今日の作業は問題ないみたいね」
「……やっぱりこの程度だと、大丈夫なんですね」
トヲルは白い天井を見詰めながら、嘆息した。
「当たり前じゃないの。船酔いなんて病気の内にも入らないわよ」
第三惑星アジャールを出発してから、およそ五日が過ぎていた。
船はワープ圏内と圏外の境目付近まで、ワープした。そこまでの移動時間は約二時間。その後圏外へ出てから、五日が経過したことになる。
「さて。もうそろそろ最後のミーティングの時間ね。あと少しで惑星にも着くんだから、トヲルも船酔いなんてしている場合じゃないわよ」
白衣の袖を少し捲り腕輪のモニターを見ながら、トヲルに発破を掛ける。トヲルも仕方なくのろのろと起き上がった。
特別乗り物に弱いわけではなかった。船も揺れているわけではない。
それは精神的なものからきている、とヴェイトからは説明された。
緊張と不安――。
自分でも感じていることである。
ミーティングとはいえ鉱物回収の手順は、事前に打ち合わせ済みだった。あとは下に降りる準備をするだけだ。
出入口ハッチ付近には既に小型船が用意されており、ビルホークが最後の調整に入っていた。まだ少し重心の定まらない身体を抱えながら、トヲルは宇宙服の装着を始めている。
「トヲル、大丈夫? まだ顔色が青いよ」
手伝っていたミレイユが、心配そうに声を掛けた。宇宙服の着脱は非常に簡単で一人でも行えるのだが、彼女はまだ具合の悪そうなトヲルを心配して手伝いに来てくれたのである。
「う……うん。平気、だから」力ない笑みを向ける。
「ったく、情けねえなぁ。船酔いなんてよ」
同じく宇宙服を着ながら、いつものようにコウヅキが突っかかってきた。
(ホント、情けない……)自分でもかなり格好悪いということは自覚していた。
「もう準備は、整ったでちか?」
更衣室のドアを開け、エミリーに抱きかかえられた船長が入ってくる。
間もなく全ての準備が終わった一同は、小型船のあるハッチへ移動を開始した。更衣室のある場所はハッチのすぐ隣なので、それほど長い距離を歩くわけではなかったのだが。
「お、重い」
船内で宇宙服を装着して歩くのは、一苦労だった。
躓きそうに歩いているトヲルを見かねたのか、ミレイユがそっと支えてくれた。トヲルと目が合うと、にこっと笑った。、
(ミレイユ……弟を心配するような気持ちで、僕を心配してくれているんだろうなぁ)
ミレイユの笑顔を見ながらそんなことを思ったトヲルは、未だにこの前のことを引き摺っていた。
「本当にコイツで、作業の方は大丈夫なのかよ」
コウヅキがトヲルの方を見ながら、船長に文句を言っている。
「本来ならばトヲルにはもう少し訓練をしゃせてから、実践に移りたかったんでちけど……しょんな時間はないでちからね。でも下に降りれば服の重量は軽くなるはずでちから、たぶん大丈夫でちよ」
服はこの宇宙船の中ではなく、これから降りる惑星の重力に合わせて設定されていた。だからこの中では重く感じるのである。
「ビル艦長、船のほうは準備できたでちか?」
「ああ、もう少しでな」
ビルホークがエンジン部に頭を突っ込み、作業をしながら答えた。
『惑星到着まで、あと五分』
船内放送でセリシアの声が流れる。




