第30話 家族の想い
「……ごめん」
トヲルが俯いて言う。
「え、何が?」
ミレイユが下からトヲルの顔を覗き込んできたが、その視線から逃れるように顔を背けた。
「だってミレイユのお父さん……僕の両親のせいで……」
(多分、両親が逃げようなんて考えなければミレイユのお父さんだって)
ミレイユの顔が真っ直ぐに見られなかった。
「ううん。トヲルのお父さんとお母さんのせいじゃ、ないよ」
「え?」
その言葉に反射的に顔を上げて、ミレイユを見る。
ミレイユは、屈託のない笑顔を向けてきた。
「だって、これはお父さんが決めたことだもん。あたし、お父さんのこと信じているから」
本当は寂しいはずである。
なのにいつも笑顔を絶やさず、常に明るく振る舞っていた。
トヲルはその笑顔に、何度も救われた。
「あのね、お父さんとお兄ちゃんとあたし、本当の家族じゃないんだ」
目の前の金網に向かって話し掛けるように、ミレイユは静かに言った。
コウヅキのフルネームは『コウヅキ・シリウス』。
ミレイユは『ミレイユ・ミルフィ』である。
この二人は名前が違うので本当の兄妹ではないのだろうと、薄々気付いてはいたのだが。しかし父親とも血が繋がっていないというのは、知らなかった。
「お父さんの借金って、あたしのせいなの」
カシャン……と、手に触れていた金網が小さく鳴る。
「あたし、心臓が弱かったんだって。その時のことはまだ小さかったから、よく覚えてないんだけどね」
「えっ!?」
「あ、今は大丈夫だよ。もう直ったから」
驚きの声を上げたトヲルに対して、ミレイユは慌てて手を左右に振った。
「それで手術のお金がいっぱい必要だったんだって。お父さんの借金は、その時に作ったものなんだ」
「じゃあ、コウヅキは?」
「お兄ちゃんはね、お父さんのお手伝いをしているの。お兄ちゃんもお父さんのこと、本当のお父さんみたいに思ってるんじゃないのかな」
そう言ってミレイユは、トヲルの顔を真っ直ぐに見詰める。
「だからあたしは早く、お父さんとお兄ちゃんのお手伝いがしたいんだ。今はまだ、あまり力にはなれないけれど。でも大きくなったら、もっと手伝えるようになりたいんだ」
ミレイユの目の奥に、眩しい光が瞬いたような気がした。
(まだこんなに小さいのに、ミレイユは……)
強い意志、を感じる。
それは自分にはないモノだ。
トヲルはそんな自分が恥ずかしくなり、ミレイユの顔を正面から見ることができなかった。
「今はあたしもお父さんを、待つことしかできないけど。でもここにはお兄ちゃんがいるし。船のみんなだっているし。みんな、家族だからね。だからトヲルもきっとここでなら安心して、お父さんとお母さんの帰りを待つことができると思うよ」
(ミレイユ……もしかして)
逆に自分を励ましてくれているのだろうか。
「それにトヲルってなんだか……ふふふっ」
ミレイユは楽しそうに笑った。そしてトヲルの腕に自分の腕を絡めながら言った。
「本当の『弟』、みたいに思えるんだ」
ガンッ……と、高い所から落下したような衝撃を覚えた。
「どうしたの、トヲル?」
眉間を押さえているトヲルに向かって、腕を絡めたままのミレイユが聞いてきた。
「う……いや、何でもない、よ」
それだけを言うのが精一杯である。
「ほう? 随分楽しそうだな」
トヲルは勿論サバイバル訓練等を受けていない、ごく普通の一般庶民である。
だが何者かの殺気のようなものが、突然背後に出現したことを感じ取っていた。
「お前ミレイユを夜中に連れ出して、一体何をしようとしているんだ?」
同時にボキボキッという、何かが鳴るような音も聞こえてくる。
徐々に近付いてくるソレに対して身体が極度に緊張し、全身から汗が吹き出してきた。足が竦んで動けない。振り向くことさえもできなかった。
それは元来備わっているはずの人間の本能が目覚め、警告しているのであろうか。
「俺の目の前で、いい根性してんじゃねぇかっ!」
「ちょ…っ!? お兄ちゃんっ!!!」
ミレイユの悲鳴が上がったのと同時だった。
ゴィィィンッ!
鈍い響きが、夜空全体に広がった。




