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うさぴょん号発進せよ  作者: 鈴代まお
第2章 解印
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第30話 家族の想い

「……ごめん」

 トヲルが俯いて言う。

「え、何が?」

 ミレイユが下からトヲルの顔を覗き込んできたが、その視線から逃れるように顔を背けた。


「だってミレイユのお父さん……僕の両親のせいで……」

(多分、両親が逃げようなんて考えなければミレイユのお父さんだって)

 ミレイユの顔が真っ直ぐに見られなかった。


「ううん。トヲルのお父さんとお母さんのせいじゃ、ないよ」

「え?」

 その言葉に反射的に顔を上げて、ミレイユを見る。

 ミレイユは、屈託のない笑顔を向けてきた。

「だって、これはお父さんが決めたことだもん。あたし、お父さんのこと信じているから」


 本当は寂しいはずである。

 なのにいつも笑顔を絶やさず、常に明るく振る舞っていた。

 トヲルはその笑顔に、何度も救われた。


「あのね、お父さんとお兄ちゃんとあたし、本当の家族じゃないんだ」

 目の前の金網に向かって話し掛けるように、ミレイユは静かに言った。


 コウヅキのフルネームは『コウヅキ・シリウス』。

 ミレイユは『ミレイユ・ミルフィ』である。


 この二人は名前が違うので本当の兄妹ではないのだろうと、薄々気付いてはいたのだが。しかし父親とも血が繋がっていないというのは、知らなかった。

「お父さんの借金って、あたしのせいなの」

 カシャン……と、手に触れていた金網が小さく鳴る。


「あたし、心臓が弱かったんだって。その時のことはまだ小さかったから、よく覚えてないんだけどね」

「えっ!?」

「あ、今は大丈夫だよ。もう直ったから」

 驚きの声を上げたトヲルに対して、ミレイユは慌てて手を左右に振った。


「それで手術のお金がいっぱい必要だったんだって。お父さんの借金は、その時に作ったものなんだ」

「じゃあ、コウヅキは?」

「お兄ちゃんはね、お父さんのお手伝いをしているの。お兄ちゃんもお父さんのこと、本当のお父さんみたいに思ってるんじゃないのかな」

 そう言ってミレイユは、トヲルの顔を真っ直ぐに見詰める。


「だからあたしは早く、お父さんとお兄ちゃんのお手伝いがしたいんだ。今はまだ、あまり力にはなれないけれど。でも大きくなったら、もっと手伝えるようになりたいんだ」

 ミレイユの目の奥に、眩しい光が瞬いたような気がした。

(まだこんなに小さいのに、ミレイユは……)


 強い意志、を感じる。

 それは自分にはないモノだ。

 トヲルはそんな自分が恥ずかしくなり、ミレイユの顔を正面から見ることができなかった。


「今はあたしもお父さんを、待つことしかできないけど。でもここにはお兄ちゃんがいるし。船のみんなだっているし。みんな、家族だからね。だからトヲルもきっとここでなら安心して、お父さんとお母さんの帰りを待つことができると思うよ」

(ミレイユ……もしかして)

 逆に自分を励ましてくれているのだろうか。


「それにトヲルってなんだか……ふふふっ」

 ミレイユは楽しそうに笑った。そしてトヲルの腕に自分の腕を絡めながら言った。

「本当の『弟』、みたいに思えるんだ」


 ガンッ……と、高い所から落下したような衝撃を覚えた。


「どうしたの、トヲル?」

 眉間を押さえているトヲルに向かって、腕を絡めたままのミレイユが聞いてきた。

「う……いや、何でもない、よ」

 それだけを言うのが精一杯である。


「ほう? 随分楽しそうだな」


 トヲルは勿論サバイバル訓練等を受けていない、ごく普通の一般庶民である。

 だが何者かの殺気のようなものが、突然背後に出現したことを感じ取っていた。


「お前ミレイユを夜中に連れ出して、一体何をしようとしているんだ?」


 同時にボキボキッという、何かが鳴るような音も聞こえてくる。

 徐々に近付いてくるソレに対して身体が極度に緊張し、全身から汗が吹き出してきた。足が竦んで動けない。振り向くことさえもできなかった。

 それは元来備わっているはずの人間の本能が目覚め、警告しているのであろうか。


「俺の目の前で、いい根性してんじゃねぇかっ!」

「ちょ…っ!? お兄ちゃんっ!!!」

 ミレイユの悲鳴が上がったのと同時だった。


 ゴィィィンッ!


 鈍い響きが、夜空全体に広がった。

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