第27話 信頼
気が付けばいつの間に来たのだろうか。先程コウヅキが投げ捨てた吸い殻を、巡回中の『ソウ太くん』が拾っているのが見える。
間もなくゴミを拾い終わった『ソウ太くん』は微かなモーター音を響かせて、走り去っていった。
コウヅキはそれを見送った後で持っていた煙草を再び銜え直し、帰路に就いたのだった。
船の玄関を入ると――。
「……オイッ。いい加減ぶち殺すぞ、テメー」
自分の背に覆い被さってきた人物に対し、コウヅキは殺気を放ちながら睨み付けた。
「ふふふっ。いつもより隙だらけじゃないの、コウヅキ」
普段ならその人物に直前で、拳を一発入れるところである。しかし今日はそんな気分にはなれなかった。
「今、俺は疲れているんだよ。鬱陶しいこと、するなっ」
代わりに腹に肘鉄をお見舞いしてやろうと身体を捻りながら腕を真後ろに振ったのだが、ヴェイトは軽いステップを踏んで後方にかわした。
「あら、そんなに忙しかったの?」
「ああ、オヤジがいないんでな。その分も俺が働かないといけねぇし」
船本体での仕事というのは月に二~三件程度で、それほど多くはない。この星に停泊している間はいつでも出航できるよう準備したり、個人へ依頼された仕事をこなしたりするのである。
その間のコウヅキは主にタスクと組み、ゴードンローンの仕事をすることも多かった。時々は船長や社長から個別で別件の仕事を依頼されることもあったが、大抵は二人で行動していた。
しかし今はタスクが不在で、コウヅキ一人で動いている。借金から逃げ回り、なかなか返そうとしない債務者相手に一人で取り立てを行っているのだ。
しかもコウヅキの担当している者は割とタチの悪い輩も多い。今日も三件程回ってきたのだが、かなり揉めた末にようやく回収できたのである。もしタスクが一緒に行動していたのなら、これほど手こずる相手でもなかっただろう。
「ホントコウヅキって、こう見えてもかなり真面目よねぇ~」
「なんだよ『こう見えても』って。
……んなんじゃねぇよ。急に明日から暫くの間、ここを離れることになったからな。その分の仕事をしてきただけじゃねぇか」
綺麗に避けられたのが余程腹立たしかったのか、コウヅキは苦虫を噛み潰したような顔で相手を睨み付けた。しかし当の本人は、気にも留めている様子が全くない。
「だからって何も一人で頑張らなくても、いいんじゃないのかしら?」
「放っておいてくれ。借金返す分は働かないといけねぇんだから、仕方ないだろう。それなのに、オヤジのやつ……」
最後の方はぶつぶつと口の中で呟いていたのだが、突然何かを思い付いたかのようにヴェイトのほうへ顔を向けた。
「そういやセリシアからオヤジの消息のことで、何か聞いてないのか?」
「お姉ちゃんから?」
口元に手を当てて、ヴェイトは少し考え込む。
「特別何も聞いてないわね。
ただ私も気になったんで、この前お姉ちゃんには少し訊いてみたんだけど……今はいくつかの惑星管理局からの連絡待ちみたいね」
「やっぱり、そうか……」
コウヅキは額にかかった前髪を掻き上げるかのように手を置くと落胆した。
「お姉ちゃんもワープ圏内は全て探したから、あとは圏外惑星からの連絡に望みを託すしかないって、言っていたわよ」
セリシアとヴェイトは、双子の姉弟だった。
他の船員に心を開いていないセリシアが唯一心を開いているのが、弟のヴェイトである。だから「もしかしたら昨日船長から聞いた話とは違う、少し期待のできるものが聞けるのではないか」とも思ったのだが、やはり同じ内容のようだった。
「まあこっちでは、もうやることは、全て手を尽くしてやったんだものね。あとはタスクのことを信じて、待つしかないんじゃない?」
何気なく言ったその言葉でコウヅキは、ピタリと動きを止めた。そして額に手を置いたまま、ヴェイトの顔をじっと凝視する。
その突き刺すような視線にヴェイトは、一瞬たじろいだ。
「な、なによ? 私、何か変なことを言ったかしら??」
「ふ……っ、いや。そうか、信じて……そうだったな」
「???」
突然口元を緩めて独り言のように呟くコウヅキを、複雑な表情でヴェイトは見詰める。
「あ! そうそう」
ヴェイトはここでぽむっと音を鳴らし、手を打った。
「私、コウヅキを待ってたのよね。あんただけよ、身体検査受けていないのって。他のみんなはもう、終わっちゃったんだからね」
「ああ、あれか。別にやらなくたっていいんじゃねぇのか? 俺は病気とは無縁の人間だぜ」
「ダメダメ! 他のみんなはともかく、あんたとトヲルは船外活動をしなくちゃならないのよ。船医としての義務は、ちゃんと果たさせてもらうわよ」
腰に手を当てて、ヴェイトはコウヅキを軽く睨み付けた。
他の星で船外活動をする場合には、事前に身体検査を受けることになっている。ドーム中の環境とは違うのでその分、身体に負担が掛かるのだ。しかもそれがどのような影響を及ぼすのか、全く予測が付かないのである。
もし持病などを持っていた場合には、悪化する危険性もあるのだ。とはいえ、宇宙へ行くだけなら特にする必要はない。宇宙船の中は通常、ドームと同じ環境になっているからである。
しかしこの船では一応念のために、全員が検査を受けることになっていた。
「ちっ、たりぃなぁ」
コウヅキは頭を掻きつつ文句を言いながらも、素直にヴェイトについていった。




