第20話 船長からの依頼
倉庫から船のあるこのビルまでは、歩いて十分程度の距離である。つまり、同じドーム内に建物はあるのだ。
その道すがらでトヲルは、徐々に期待感を高めていった。
船長が緊急に自分を呼んでいるということは、もしかしたら両親の消息が掴めたのかもしれないと考えたからだ。歩くスピードが、自然と速くなっていた。
「ト・ヲ・ル、お帰りなさい」
船の入口付近に到着した途端、背後から白い両腕が前に回り込んできて、耳元で囁く声がする。全身を包み込むような甘い香りと背中に温かい体温を感じ、吐息が耳にかかった。
「うわっ!?」
ビックリしたトヲルは、思わず前に飛び退った。
「もう! いつもそんなに驚かなくたっていいじゃないの、失礼ね。私の愛情表現なのに」
見ると、相変わらず白衣を着ていつものように完璧なメイクをしているヴェイトが、腰に手を当て立っていた。
「だっ、だ、だって、急に後ろから来るから」
まだバクバクいっている心臓を必死で押さえつけながら、それだけを言うのが精一杯である。
トヲルがいつも……というわけでもなかったが、船の外から帰ってくるとヴェイトは時々、抱擁を求めてくることがあった。
習慣のようなもので、男女問わずこの船の乗組員になら誰に対しても、である。
ヴェイトは女性のような格好をしてはいたが、特別男性が好きなわけではないらしい。本人曰く、「女装趣味なだけ」だという。
だからヴェイトにとっては本当にただの愛情表現なだけだろうが、女性にさえも全く免疫のないトヲルには、まだ慣れることができなかった。
「あら、そういえばもう帰ってきたの? 今日は営業所の倉庫整理の日、だったんじゃなかったかしら」
「ええ、まあ……でも船長に呼ばれてて」
「そういえばさっき、コウヅキも戻ってきたわ。コウヅキも呼ばれているのかしらね」
真っ赤なルージュを引いた口元に手を当てながら考え込んでいるヴェイトをそのままにして、トヲルは奥の階段を上っていった。
その先には船長がいつもいる、操舵室がある。
「何やってたんだよ。遅せぇぞ」
コウヅキが仁王立ちで、階段の頂上付近に待ち構えていた。
「お仕事のほうは、今日中にはカタがつきそうでちか?」
そう言って話し掛けてきた船長を見ると、いつもの席に座り、エミリーもいつものように隣で静かに佇んでいた。
「あ、はい。ミレイユのおかげでなんとか」
「うむ、ちょうでしょう。あの子なら大丈夫でちからね」
ウンウンと満足そうに、船長は頷いている。
「で? 俺とトヲルをここへ呼んで、一体何しようっていうんだよ。まさか、オヤジが見つかったのか?」
どうやらコウヅキも、トヲルと同じ事を考えていたようである。
「あー、しょのことでちか。残念ながら、違うでち」
船長が、ふるふると首を横に振ったのを見たトヲルは、内心ガッカリした。
「君達に来てもらったのは、急にやってもらいたい船の仕事が入ったからなんでち」
「だったら何もわざわざ、俺達を直接呼ばなくたって」
「実はこれは、ゴードンにとって非常に重要な仕事でちてね。かなり機密事項でちから、通信では話せないことなんでちよ」
そう言うと船長は座っていた椅子から立ち上がり、その上に乗った。
「あー……セリシア、ちょっとあの映像を出してもらえないでちか?」
踵を上げて首を少し伸ばし、二人の背後にいる眼鏡の女性に向かって言った。
白眼の民のこの女性は最初からそこにいたのだが、相変わらず全くこちらには見向きもせずにマシンを操作していた。船長に話し掛けられても返事をせず、無言である。
しかし船長の背後上空に大型モニターを出現させ、映像が浮き出てきたことから考えれば、どうやら無視しているわけでもないらしい。
それは宇宙から見た、灰色の惑星全体の映像であった。
「実はこの惑星にある、とある鉱物を採取してきてほしいんでち」




