第19話 二人で仲良く
今日の仕事は、ゴードン商会が所有している倉庫の整理だった。
中に入った途端、カビの臭いが鼻につく。
「うわっ、これ全部一人で片付けるのか。しかも今日中に」
トヲルは高い天井まで乱雑に積み上げられている箱を、呆気にとられながら見上げた。
幸いにも、部屋の広さはそれほどではない。しかし高さはあった。
「一人じゃないよ。私もいるよ」
背後の出入り口から出てきたのは、ミレイユだった。
「ミレイユ……あ、もしかして手伝いに来てくれたの?」
「トヲル一人じゃ終わらないだろうからって、船長に頼まれたの」
(あの船長が応援を寄越すなんて、珍しい)
自分を信用していないだけかもしれない、という考えも一瞬頭を過ぎる。
「あとコレも、そこの営業所で借りてきちゃった」
そう言ったミレイユの傍らを見ると、自動清掃ロボ『ソウ太くん』シリーズの姉妹版にあたる、荷物運搬用ロボ『うんぱんくん(業務用)』だった。これもゴードンで開発されたものである。
「よくこんなの、借りられたね」
営業所というのはこの建物のすぐ隣にあり、この倉庫を管理している『ゴードン商会アジャール営業所』のことだろう。トヲル一人だったら、道具を借りるということは思いつかなかった。
「営業所の玄関の前通ったら、そこの男の人に呼び止められてね。訳を話したらコレを貸してくれたの」
もしかするとその男性は、ミレイユ一人でこの倉庫を整理するとでも思ったのだろうか。何れにせよ道具があれば、かなり助かることだけは間違いなかった。
「そんじゃ、始めよっか」
ミレイユが袖を捲りながら言うのが合図だった。
仕事内容は、かなり単純である。
ミレイユが手元にある照合データを見ながら、トヲルに指示を出す。トヲルは移動用脚立で空中を移動しながら指示通りの物を探し出し、それを『うんぱんくん』に渡す。
『うんぱんくん』には予め照合データをインプットしてあるので、順番通りにそれを運び再び積み上げていくだけである。
「あともう少しだね」
近くの売店で買ってきたサンドイッチを頬張りながら、ミレイユが話しかけてきた。
時刻は正午過ぎである。
トヲルとミレイユは倉庫外の壁に寄り掛かって並んで座り、昼食を食べていた。
先程ミレイユが、このペースだとあと一時間くらいで終わりそうだと言っていたのを思い出す。トヲルだけで作業をしていたら、これほど早く終わらせることは先ず不可能だっただろう。的確な指示を出すミレイユの手際の良さに、トヲルは舌を捲くのだった。
「ミレイユはこういう仕事を、ずっと小さい時からやっているの?」
ふと思い付き、何気なく訊いてみる。
「うん。でも、そんな小さな頃からじゃないよ。最近になってやっと少し、お父さん達の仕事を手伝わせてもらえるようになったんだし。でも、全然役に立ってないんだけどね」
「でもその年頃から働いてるなんて、偉いなぁ。それに比べて僕なんかダメだな、ぜんぜん……」
「そんなことないよぉ。あたしなんて、学校行ってないんだもん。トヲルのほうが、頭だっていいし」
「でもミレイユは合間に、ヴェイトに勉強を教えて貰ってるだろ?」
トヲルは白衣を着た『白眼の民』の女性……否、男性の顔を思い浮かべた。
「やっぱ、すごいよ。僕だったら働きながら勉強なんて、ミレイユの歳では絶対無理だったよ」
そう言ったトヲルの腕輪から、突然発信音が鳴った。反射的に腕輪のモニターを開き、見てみると、
「あれ? コウヅキからだ」
「お兄ちゃん?」
ミレイユに……ではなく、トヲルへのコールである。
コウヅキからトヲルに通信が入ることは、滅多にない。首を傾げながらも、モニターを開いた。
『船長が呼んでるぜ。直ぐ来い』
開口一番、相変わらずの不機嫌そうな顔でコウヅキは、簡潔にそれだけを言った。
「え、僕に? なんだろ」
『んなこと、俺が知るかってぇの。行けば解んだろ』
普段よりも、更に不機嫌な声である。
『それより、そこにミレイユいるだろ』
「は? ……ああ、うん」
トヲルは隣にいるミレイユの方を見た。ミレイユはキョトンとした顔をして、こちらを見ている。当然コウヅキの声は、ミレイユには聞こえていないのだった。
「あ、もしかしてミレイユも、一緒に行った方がいいってこと?」
『違げーよ。ミレイユだったらトヲルと違って今日中には確実に終わるだろうから、そのまま続けて作業していろ、だとさ』
「……そうなんだ」
やはり船長は自分を信用していなかったのかと、トヲルは少し落ち込んだ。
『そういうことじゃなくて、だな。……お前そこに二人きりでいて、ミレイユに何か変なことしてねぇだろうな』
「ヘン、な?」
コウヅキの言っている意味が解らず、トヲルは眉を顰めた。
『もしお前がミレイユに手なんか出したりしたら、俺がぜってーブッ殺すからな!』
凄い形相でコウヅキが言った途端、モニターが一方的に切られていた。残るは宙に黒い画面が漂っているのみ、である。
そこでようやくトヲルは、コウヅキの言いたいことが解ったのだ。しかもそういう釘を刺すためだけに、自ら船長の言葉を伝えにきたのだろうか。
「トヲル、どうしたの? もしかして、お兄ちゃんに何か言われた?」
項垂れているトヲルを見て、ミレイユは心配そうに声を掛けた。
「あ! ううん……いや、大丈夫だよ」
今の会話は絶対言えないな、と思いながら、トヲルはミレイユに明るく振る舞った。だがミレイユは、ますます心配そうな顔をする。
「ホント? もしお兄ちゃんに何かイヤなこと言われたら、あたしに言ってね。あたしがお兄ちゃんに、ガツンと言ってやるんだからっ」
ミレイユは無邪気な笑顔でそう言うと、ブンと細い腕を一振りした。
(ううう。このコ、ホントいい子だなぁ)
トヲルは胸が熱くなるのを感じた。




