第17話 慣れない仕事
「おら、ぼうず! ちゃんとそっちを持っていろ!」
「はっ、はぃぃぃ~!」
トヲルは今、この船の動力室にいた。重い機械のようなものを一人で運んでいる。
「ビル艦長、この荷物は何処へ置けばいいんですか?」
「よし、そこだ」
(僕の場合どちらかといえば、肉体派じゃなくて頭脳派タイプなんだけどな)
心の中で泣き言を言ってみるが、相手にそれが伝わるはずもない。
相手の男はトヲルが荷物を床に置いたのを見届けると、傍らの台の上に乗ってある大きめのボトルを掴んで呷った。
ボトルのラベルには「大吟醸 白月」と書かれている。
男の名は、ビルホーク・アイスランド。
この船――『うさぴょん号』の整備士だった。
年の頃なら五十代半ば程である。整備士らしく、上下はつなぎの作業服を着ている。但し油まみれでかなり汚れているため、元が何色だったのかは判別がつかなくなっていた。
皆には「ビル艦長」と呼ばれているが、当然艦長などではない。
禿げ上がった頭に揉み上げから口の周りや、顎などにかけての白髭で覆われている容貌がトヲルの抱く艦長のイメージとピッタリだった。が、一番の理由は、いつも艦長のような帽子を被っているから、とのことである。
鷹を形取ったエンブレムの付いている白い帽子をいつも愛用していた。これでパイプなどを銜えていれば完璧なのだろうが、生憎いつも持ち歩いているのはパイプなどではなく、酒瓶だった。
本人はいつも赤ら顔をしていたが、それが酒によるものなのか、そういう体質なだけなのかはトヲルには判断できなかった。
かなり飲んでいるはずなのだが、普段の言動や行動などが全く普通なのである。酔っている感じもしなかった。それに酒を飲みながら船の整備のような細かい作業はできないとも思えるのだが、ビルホークの場合はその逆で、飲まないと全くやる気が出ず、いわば気付け薬のようなものだというのである。
ビルホークは酒瓶を口から離して手の甲で乱暴に拭うと、
「これで準備は整ったな。あとは……」
そう言って工具を取り出し、一人で何やら作業をし始めた。
トヲルは辺りに充満している酒の匂いに酔いそうになりながらも、黙ってそれを見ていた。がやがて、そのまま何もせずにただ立っていても仕方がない、ということに気付きはじめた。
「あの、ビル艦長。次に僕は一体何をすれば?」
ビルホークは作業に夢中だったが、その声に腕を止める。
「なんだぼうず、まだ居たのか。今日はもう用はないから戻っていいぞ」
「は、はい!」
トヲルの顔が、ぱあっと明るくなった。
程なくしてトヲルは動力室を出て狭い階段を上り、船の最上階へと出た。
この船の最上階には、乗組員専用の住居がある。その一角にあるあまり広いとはいえない自室へと戻ったトヲルは、そのままベッドへダイブした。
トヲルはこの一ヶ月間、毎日この船の手伝いをさせられている。この船はゴードン商会とローン会社の、細かい雑用的な仕事を中心にしているようだった。
そして今日は一日中、ビルホークの仕事を手伝っている。
トヲルは、毎日の慣れない肉体労働で、かなり疲れていた。時にはコウヅキの手伝いだったり、今日のようにビルホークの手伝いもさせられたり。酷いときには一日中、格納庫の掃除をさせられたこともあった。
その間は当然、通っていた大学は休学である。
(いつまでこんな生活をしなければならないんだろう)
両親が見つかるまで……というのを分かってはいるのだが。
トヲルはベッドに俯せの状態のままで、一ヶ月前の船長との会話を思い出していた。




