第16話 理由
例え今まで椅子の大きな背もたれに隠れて見えていなかったとはいえ、そこにヒトが居たことに全く気が付かなかった。
トヲルがそこへ現れた者に対して驚いていると、その二~三歳程に見える赤ん坊はいきなり椅子の上に立ち上がり、身体の後ろで両手を組みながら口を開いた。
「わたちが、この船の船長をやっている者でち」
鈴を転がしたような、可愛らしい声だった。言葉遣いも舌足らずで、明らかに幼児言葉である。
トヲルはこの状況に困惑していた。思わずコウヅキの方を見る。が、助け船を出したのは、コウヅキではなかった。
「船長は人間じゃなくて、異星人なんだよ」
「あ! ああー、そっか」
何故直ぐに気が付かなかったのだろうか。それならば説明は付く。
他星との交流が盛んな現在では、大多数の星との交流がある。当然トヲルの知らない惑星種族がいたとしても、何等不思議ではないのだ。
「ちゃあ早く、コウヅキ。ぐじゅぐじゅしてないで、こちらへ連れて来なちゃい」
船長の口調は明らかに怒っている様子だったが、しかしそれは赤ん坊が駄々をこねているようにしか聞こえなかった。
コウヅキは軽く舌打ちすると、トヲルに顎で船長の元へ行くよう指示した。
促されるままに、トヲルは船長の目の前に移動した。
「あー、君がトヲル・藤崎君でちね」
「は、はい」
「わたちはこの船の船長の『アロクレア・テリスェワクミア・キヌノ』という者でち」
「アロク……? ……キヌノ?」
一回聞いただけでは、覚えづらい名前である。
「まあ、人間には発音ちにくい名前かもちれないでちから、無理に覚えなくていいでちよ」
「は、はあ……」
「ちょれより」と船長は続けて、また咳払いをした。
「何故君がこの船に呼ばれたのか、という理由を、コウヅキの方から聞いているとは思うでちが……」
「あっ、あのっ」
トヲルは慌てて口を挟んだ。
「僕の両親が借金を残したまま失踪したってことは聞いてるんですけど、何で僕がここに連れてこられたのか、とかは、船長に訊けば分かるって聞いたんですけど」
「なんでちって!? ……コウヅキ!」
トヲルより一歩後ろにいたコウヅキを、船長は迫力のないその目で睨み付けた。
「ちゃんと説明ちてから連れてきなちゃいと、言ったじゃないでちか!」
「そんなのメンドくせぇよ。そういうのは、いつもオヤジの役目だったしさ」
後ろのデスクに寄り掛かり、ジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、目を逸らしてふて腐れたように言った。
「全く、使えない人間でちね」船長はブツブツと文句を言っている。
だが直ぐに気を取り直したのか、再びトヲルに向き直った。
「しょれでは、最初から説明するでち。
……君のご両親がウチの社員と逃亡ちたんでち。で、今現在もしょの行方を追ってるでち。
ご両親が保証人だったことは、知ってるでちか?」
「あ、はい。それは……」
「うむ。ちょの借金を作った張本人でちが、しょちらも既に逃亡ちてて現在も行方知れずになってるでち。だから保証人だった君のご両親に、代わりに支払ってもらうことになっていたんでちが……」
ここで船長は、一旦言葉を切った。
「ちょちらも逃亡したとなると、借金を支払う権利は自然とちょの子供に掛かってくるんでち。この星の法律ではちょうなってるでち。但し未成年には、しょの権利はないでちけどね。人間の成人年齢だと十八歳以上でち。……確か君の年齢は?」
「二十一です」
「うむ。ちょうちゅると、やはり君に権利が移ることになるでち。ちかち君はまだ学生でちから、返済能力は皆無でち。
一応、君の現在住んでいる家などの不動産も担保に入ることにはなるでちが、ちょれだけでは全額を返済することは不可能なんでち。でも借金の額が額でちから、こちらとしても払ってもらわないと困るでち」
「はあ」
「というわけで君も『担保の一部』という形で、差し押さえられることになるんでち」
一瞬の間が開く。トヲルは途中から船長が何を言おうとしているのかが解らず、戸惑っていた。
「え……あの、それってどういう?」
「即ち今日からこの船が、君を拘束することになったでち」




