第15話 船長
「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」
階段を上り終わると、その声の主が目の前に立っていた。金に近いブラウン系の髪をツインテールにした、十二~十三歳ほどの可愛らしい少女である。胸には大きめのトレーを抱きかかえていた。
「ただいま、ミレイユ。俺がいなくても、いいコにしてたか?」
コウヅキはそう言いながらそのミレイユという娘の髪を、ガシガシと掻き回した。
(……あれ?)
ふと一瞬だけだがコウヅキに見たことのない、優しい表情を見た気がしたのである。
「もうお兄ちゃんてばっ、いつまでも子供扱いしないでよ。あたし、十二歳になったんだからねっ」
ミレイユが白い頬を膨らませながら、頭に置いてあったコウヅキの手を払いのける。
(もしかしてコウヅキの妹、なのかな? でもあんまり似てないな。……いや、それより)
「あの……本当の『女の子』、だよね?」
「は?」
ミレイユがトヲルの問いに目を丸くした途端、
「人の妹に、訳の分からないことを指差して言うなっ!」
ポカリッと、コウヅキに頭を殴られた。しかし。
「ちょっ、ちょっとお兄ちゃん!? ヒトの頭を簡単にポンポン叩かないでって、いつも言ってるでしょう?」
逆にコウヅキがミレイユに怒られる。
「あぁー……いや、そこに殴りやすそうな頭があるとつい……な」
コウヅキは、あさっての方向を見ながら言った。さながら母親に叱られ、苦し紛れの言い訳をする子供のようでもある。
(そんな理由でコウヅキは今まで、僕の頭を……)
何故かは分からないが、無性に悲しくなってきた。
「コホンッ」
「と、いけね。そうだった」
コウヅキは別の場所から聞こえてきた咳払いで、ここに来た目的をようやく思い出す。
「アレが俺にあんたをここへ連れて来るよう命令した、この船の船長だ」
このフロアにはマシンのような物が数台置かれていて、窓は三方向見渡せるほどに広かった。この部屋の構造からすると、どうやらここは操舵室のようである。
コウヅキの目線の先には、そのマシンを操作しているヒトが一人いた。
シルバーブロンドの髪を肩で切りそろえ、縁なし眼鏡をかけている、あまり化粧っ気のない地味な事務職員風の女性である。
トヲルには女性かどうか自信はなかったのだが、そのヒトは先程コウヅキが殴ったヒトと同じ、メグ族だった。しかし全くこちらには見向きもせず、ただ黙々とマシンを操作している。船長という感じでもない。
更にその先には一見メイド風で赤茶色のショートな髪に、白いフリルの付いたカチューシャと、紺色のエプロンドレスを着ている女性もいた。
だが。
(もしかして、人形?)
船の先端部にこちらを向いて立っていたが、先程から全く動いていないのである。両手をきちんと前で揃え、背筋を綺麗に伸ばして、ただ真っ直ぐにこちらを向いているだけだった。瞬きもしている様子がない。
「こほんっ」
再度咳払いが聞こえてきた。が、それはマシンを操作している女性や、メイドの人形が発したものではなかった。
メイド人形の横に置いてあった椅子が、僅かに動く。それはこちらに背を向けており、割と大きめな革製の黒い椅子だった。
突然その椅子が回転し、こちらを向いた。
椅子に座っていたのは。
おしゃぶりをした赤ん坊だった。




