第14話 うさぴょん号
人類が移住した六つの惑星全てには、その星の玄関口でもある、宇宙ステーション専用のドームがあった。そこでは輸送船や旅客機などの様々な船が常に停泊している。
トヲル達が到着した場所は、そのステーションだった。
改札を抜けると、いきなり目の前に開けた空間が広がっていた。
荷物を車で運んでいる作業員らしきヒト達、ビジネスマン風の男性やOLの女性、旅行客などが忙しなく行き交っている。周りの建物も倉庫やビルなどが殆どだった。そこが他の駅とは違うところだ。
もし他星へ旅行に行く機会があるのなら、必ずここは訪れなければならない場所である。しかし残念ながらトヲルはこの星を、一歩も出たことがない。といっても中学生の頃に体験見学で、一度だけこの場所に来たことはあったのだが。
「あの……僕をここに連れてきて、一体何を?」
急ぎ足で歩くコウヅキに、なんとか追い付きながらも訊いてみる。
「さぁな、俺も詳しくは知らない。そういうことは俺に直接命令した奴にでも、訊いてみるんだな」
トヲルは交差するヒトびとに何度もぶつかりそうになりながら、後をついていった。
前を行くコウヅキは背後で必死についてきているトヲルとは違い、涼しい顔で器用にヒトを避けつつ歩いている。もっともトヲルの目にはそれが、逆に周りのヒト達のほうがコウヅキを避けていくように見えていたのだが。
路地を抜けると、旧式のかなり古いビル群のある小径に入った。その周辺は先程までの大通りとは違い、殆ど人影はない。
コウヅキはその一角にある、周囲の建物と同様のオフィスビルに何の躊躇いもなくドアを開けて入っていく。玄関には小さなカウンターのみが置かれていて、かなり殺風景である。
その先には長い廊下が繋がっていた。その廊下を抜けると、突き当たりにまたドアがある。更に奥へ入ってみれば、そこは大きな空間だった。
周りの壁に沿うように狭い床はあったが、中心は空洞になっている。手摺りから下を見下ろせば、一階分くらい下の方に一艘の船の頭が見えていた。どうやらここは宇宙船の格納庫のようだ。
トヲル達は設置されている業務用エレベーターで、下へ降りていった。
目の前にある船は鉛灰色のよく目にする型のもので、大きさもごく一般的な宇宙船と何等変わりはない。トヲルは間近でそのような宇宙船をあまり見たことがなかったので、その大きさに圧倒されていた。
船の入口に真っ直ぐ近付いていくとコウヅキは脇にあるスイッチを押し、ドアを開けて中へと入っていった。トヲルは辺りを珍しそうに見回しながらその後に続いて入っていこうとしたが、ふと入口の上部に目がいく。
『うさぴょん号』。
表札ほどの大きさの札の上からファンシー風にデザインされた文字が、このように小さく書かれているのに気付いた。よく見ると文字の横にはこれも小さく、正面を向いて笑っている顔とウインクしている顔のピンク色をした兎のイラストが、両端に一つずつ描かれている。
(うさ……? もしかしてこの船の名前なのか? でも、うさ…って???)
トヲルは唖然として、それを見詰めた。
本当にソレがこの船の名前なのだろうか。トヲルは当惑した。それになんとなく最後までその名称を言うのが、少し恥ずかしい気もした。
「おい、何やってんだよ!」
先に入っていたコウヅキの怒鳴り声が聞こえてくる。トヲルは慌てて、中へ入った。
中は、かなり狭かった。狭い廊下があり、両脇にはいくつか部屋のドアがあった。
と、その中にある出入り口付近の扉が開く。
中から出てきたのは腰まであるような長い、シルバーブロンドの美女だった。上には白衣を羽織っており、黒いミニスカートからは綺麗な曲線美を描いた太ももが覗いている。
だが彼女の一番の特徴は『眼』だった。
瞳孔がないのである。それはまるで、薄いブルーのビー玉のようだった。
(『メグ族』のヒト?)
別名『白眼の民』とも呼ばれている異星人である。人間に最も近い種族とも言われているが、メグ族は人間と違い、瞳孔がなくても目は見えるのだ。
「コウヅキ、おかえり~♪」
彼女はこちらへ気付くと、駆け寄ってきた。両腕を広げ、コウヅキに抱きつこうとした瞬間、
メコッ。
鈍い音を立てて、コウヅキの拳が彼女の顔面へ確実に入った。
そのままコウヅキは何事もなかったかのように、無言で先へと歩いていく。彼女が後ろで何事かを喚いていたが完全無視、だった。
トヲルは呆気にとられて見ていたが、
「い、いいの? あの女の人……あのままで?」
後ろを振り返りながら、コウヅキに訊く。
「問題ない」
冷たい口調で一言だけそう言うと、突き当たりの更に狭い階段を上りながら、コウヅキは続けて言った。
「それにあいつ一応あんな姿はしているが、俺は『男』と抱き合う趣味なんかないからな」
(『男』って……まさか僕、また騙された!?)
トヲルは先程の子供のことといい、今のことといい、自分のヒトを見る目のなさにかなり落ち込んだのだった。




