第13話 最終目的地へ
沈黙が流れる。
辺りを緊張感が漂っているような感じがした。
「俺が誰かに指示されて、盗んだとでも言いたいのか?」
「可能性、だけどな」
ニヤッと、口の端を上げてコウヅキが笑った。
「ハッ。あんた、本当にゴードンの犬になっちまったんだな。だがよ、俺はそういうことには興味ねぇんだ。あんただって知ってるだろ? 俺が興味のないモンには、頼まれたって手を出さないってことくらいはさ」
フィートは一蹴した。
「それにアレは他の何体かの置物と一緒に持ってきた物で、特別に選んで持ってきたわけじゃねぇよ」
その言葉に、コウヅキは口元を緩める。
「ふっ。良かったなお前、相手が俺で。俺だからその話を信じるが、他人だったらどうなっていたか分からないぜ。もしかすると中を見たと思われて口封じのために即、抹殺されてたかもしれねぇしな」
「えっ!? ゴードングループって、そんな会社だったの!?」
代わりに声を上げたのは、トヲルである。
「……阿呆か。俺の冗談、真に受けてんじゃねぇよ」
コウヅキは半眼でトヲルを睨んだ。
トヲルは自分自身に何となく恥ずかしくなって、思わず目を逸らす。
(でもこの人のことをそんなに簡単に、信じちゃっていいのかな? 一応泥棒なのに)
トヲルは納得がいかなかったのだが、あっさり信じたと言うことはコウヅキにとってこの男は、信用のできる人物だということなのだろうか。
「さて」
コウヅキは立ち上がった。
「用も済んだし、そろそろ俺達は帰るぜ」
そう言うと、スタスタと廊下の方に歩いていった。トヲルも慌てて付いていく。
「まあ! コウヅキちゃん、もうお帰りになるの?」
後ろから声がしたので振り返ると、女性がケーキを二つ乗せたトレーを持って立っていた。ドレスの上から、同じピンク色のフリルの付いたエプロンを着ている。
足下を見ると三人の子供達も同じようなエプロンを付け、それぞれティーポットやカップなどを持っていた。
「お茶も、折角ご用意致しましたのに」
困ったわ、という表情で首を傾げる。そんな女性に対してコウヅキは、またあの爽やかな笑顔で、
「申し訳ありません、マダム。急用が入ってしまったものですから、急いで戻らねばならないのです」
深々とお辞儀をした。
(この変わりようは一体……?)
コウヅキは先程、この女性とは仕事絡みで……と言っていた。だがこの態度の変化、一体どういう仕事だったのだろうか。トヲルには、全く想像できなかった。
マンションの門を抜ける。
もう日も暮れてきたようだ。ドーム内の空が、オレンジ色に輝き始めていた。
トヲルは後ろを振り返り、出てきたばかりのマンションを見上げた。先程の子供達のことが、まだ気に掛かっていたのだ。後ろ髪を引かれる思いである。
それを断ち切るかのようにトヲルは首を一振りすると、塀に寄り掛かって一服しているコウヅキに近付いた。
「あのマダムっていう人、一体何者? 何かお金持ちみたいだけど、働いている様子が全くなさそうだったし」
「……ヒトには、な」そう言うとコウヅキは、ゆっくりと駅の方に向かって歩き始めた。
「知らなくていい世界ってぇもんが、あるんだぜ」
「な、何それ?」
意味深気味に答えたコウヅキに、勿論トヲルは納得できない。だが彼はそれ以上何も答えず、ただ煙草を銜えたままトヲルの前を歩いているだけだった。
その背中には、「これ以上話し掛けるな」オーラも出ているような気がした。
トヲルは仕方なく「他人のプライベートに、これ以上足を踏み入れるのは良くないから」と無理矢理自分を納得させ、諦めることにしたのである。
十数分後、ようやく駅に辿り着いた。ホームにはヒトが疎らにいる。
「あ、それじゃ僕、行き先こっちなんで」
コウヅキの後を歩いていたトヲルが反対側の、丁度シャトルが入ってきたばかりのホームへ行こうとしたのだが。
「ちょっと待てぃ」
トヲルの襟首を片手で、むんずと捕まえた。
「な、何を!? 僕、これから家に帰るんだけど」
「こっちにはまだ用があるんだよ」
コウヅキは藻掻いているトヲルを押さえつけながら、目の前に止まっているシャトルへ無理矢理乗せる。
「えっ? まだ何か仕事が残っているの!?」
「ああ、今日最後の仕事がな」
シャトルのドアが閉まり、車体は静かに走り始めた。
そこでトヲルは今まで何の説明もなく手伝わされているので、今度こそは最初に話を聞こうと思い、
「あの、今度は一体どういう仕事?」
と、流れゆく景色を見ているコウヅキに、思い切って尋ねてみた。
目線を窓に向けたままで、トヲルを見ずに答える。
「あんたを『ゴードン』まで連れて行く仕事だ」
聞かなきゃよかった……。
後悔とは裏腹に、シャトルはスピードを落とすことなく走り続けた。




