第11話 コウヅキの過去
コウヅキは一瞬キョトンとした表情をしたが、瞬間、爆笑した。
「あ、アホか……オメー……」
ソファーの上で腹を抱えながら、笑い転げている。
その様子にトヲルは少しむくれた。
「そんなに笑わなくたっていいじゃないか。僕は真剣なんだ」
いつもより若干強めの口調に、コウヅキはピタッと笑うのを止めると、
「あんた、自分が何言ってんのか分かってるのか?」
額にかかった前髪を振り払うかのように掻き上げながら、深く息を吐いた。
「で、もし仮にあんたが子供を連れて逃げたとしても、その後そいつらをどうするつもりなんだ? あんたが育てる気か?」
「そ、それは……」
「できねぇだろ。しかもあの子供達がここからいなくなっても、また別の子供が来るだけだぜ。代わりなら組織の収容所に、いくらでもいるからな。つまり他の子供が新たに犠牲になるだけなんだよ」
トヲルには反論できなかった。確かにコウヅキの言う通りなのだ。一介の学生でしかない自分には、どうすることもできない。
先程までの決意が一気に崩れていくのを感じた。トヲルは唇を噛み締めながら俯いた。
ここで、ふと疑問が湧く。
「でもコウヅキはなんでそんなことを、詳しく知っているの?」
「そりゃ」
足を組み直し、再び天を見詰めた。
「俺も昔一年くらい、ここに買われて生活してたことがあったからな」
思いも寄らないこの言葉は、トヲルを驚かせた。顔を上げ、コウヅキを凝視する。
「それってつまり……もしかして、コウヅキも?」
「まぁな。フィートもここで一緒に生活していたんだ。もっともあのマダム、一年ごとに子供を入れ替えているみたいだから、すぐにまた戻されちまったけどな」
「えっ? じゃあなんで二人とも、今でも交流が?」
先程の女性の口振りだと、今のコウヅキを知っているような様子だった。
「別に交流があるわけじゃないが、まあ以前少し……な。それにあの人はその頃の俺のことなんか、憶えちゃいねぇけどさ。勿論フィートのこともな。しかも俺の場合は偶然仕事絡みでやむを得なく、あの人に近付いただけだったし。フィートの場合は多分、言葉巧みに近付いてヒモにでもなっているんだろう。で、ここにちゃっかり住み着いているわけさ」
「ヒモじゃねぇよ。俺だってちゃんと、働いているんだからな」
声のした方を見ると、部屋の入口でフィートが大きなバッグを一つ抱えて立っていた。
「ほらよ。あんたの捜し物は、ここにあると思うぜ」
そう言うと、持っていたバッグを目の前のテーブルへ乱暴に置いた。
トヲルが開いているその中を覗き込むと、ドアノブのようなものや何か訳の分からない部品の一部、ぬいぐるみ、皿などの食器類が乱雑に入っていた。
「何が働いている、だ。お前のは、ただの空き巣じゃねぇか」
「えっ、空き巣!?」
トヲルは驚いて聞き返した。
「しかもコイツ解錠マニアで、難しいセキュリティシステムのある家とか金庫を破るのに、命掛けてるんだぜ」
「そ、そんなことねぇよ。確かにそういうのを破るのは楽しいけど……でも、ちゃんとお宝だって盗んで……」
何故か徐々に声が小さくなっていき、最後の方は何を言っているのか聞き取れなかった。
「あのなぁ」コウヅキは複雑な表情で、フィートに目を向ける。
「これの、ど・こ・が、お宝だっつぅのっ! ただのガラクタの集まりじゃねぇか」
そう言って指を差したのは、テーブルの上のバッグである。
「こんな価値のないもんばっかり盗んで、金になるわけねぇだろうが。盗むんだったら、もっとマシなもん盗めよ。例えば、宝石や貴金属類とかさ」
(いや、そういう問題じゃないような気が……。泥棒自体が立派な犯罪だし)
なんとなく途中で口を挟み辛かったトヲルは、心の中でそっとツッコんだ。
「うっ、うるさいよコウヅキ! ああそうさ。どうせ俺は、最初は金目当てで盗みに入っているうちに段々とセキュリティ破りに快感を覚えるようになった、愚か者さ。それにあれが俺にとっちゃ、お宝なんだよ。だから何だよ。ゴードンの犬であるあんたには、関係ねぇだろうが!」
逆ギレである。その上、両者の睨み合いは続く。
「あーバカバカしい。ホント、どうでもいいや」
暫く経ってから最初に目線を外したのは、コウヅキだった。そしておもむろにバッグを自分の足下へ引き寄せると、無言で中を物色し始めた。
その時フィートが小さくガッツポーズをしたのを、トヲルは見逃さなかった。




