第10話 組織
トヲルはその一連の動作を、ただ目を丸くして見ていた。
とその時、左袖が引っ張られた。下を見ると年端も行かぬような子供が、トヲルの袖を掴んでいた。
「いらっしゃいませ」
そう言うと子供はトヲルを見上げ、邪気のない笑顔で笑いかけてきた。その愛らしさに少しドキッとしながら、つられてトヲルもぎこちない笑みを返す。
(お、女の子?)
十歳にも満たないような子供だった。女性と同じようなピンク色でフリルの付いているドレスを着ていた。少しウェーブのかかった腰まである栗色の髪に、頭にはチェック柄の可愛らしい大きめなリボンも付いている。
「さあさあ、折角なのだからお上がりになって」
そう言うと女性は、奥の部屋へと消えていった。コウヅキと、子供に袖を引かれるままにトヲルも続いて入っていく。
中へ入ると部屋全体もピンク色で統一されている、割と広めの空間だった。
ここは客間なのだろうか。部屋の中央付近には大きなテーブルと、それを囲むようにソファーが置かれている。壁には沿うようにアンティークな小物類の置かれている陳列棚と、絵画なども額に入れられて数点ほど飾られていた。
「こんにちは」
声のした方を見ると、トヲルの手を引いている子と同じような年恰好の子供が他に二人、同時に元気な可愛い声で部屋の中からトヲル達に挨拶してきた。
(もしかして、三つ子?)
三人の子供達全員の外見が、全く一緒なのである。
「今、お茶をお出しするわね。紅茶でよろしいかしら?」
女性はそう言うとこちらの返事も聞かずに、そのまま更に奥の扉へと引っ込んでいった。三人の子供達も女性の後へと続いていく。
その姿が消えた後、トヲルは小首を傾げながらコウヅキに訊いてきた。
「あの女の子達ってここの家の子、なのかな?」
「いや、違うよ。マダムも含め、あいつら全員赤の他人だし。しかも子供達はみんな、男だぜ」
コウヅキは近くのソファーに、どかっと座りながらあっさり言った。
「えっ、男の子!? なら、なんであんな格好?」
トヲルは驚きながら、コウヅキの斜向かいに座る。
「あれは、あのマダムの『趣味』なのさ」
(趣味って……)トヲルには理解しがたかった。
「じゃあ、あの子達って一体、何処の子供達なの? 他人の、しかも男の子にあんな格好をさせるなんて」
「あれは」コウヅキはふんぞり返って少し間を置き、天を仰ぎ見ると、
「あいつらは、あのマダムに買われてきたんだ」
「買われ……え?」
「いわゆる、『人身売買』ってやつだな」
別名『奴隷売買』とも言うことを、トヲルでも知ってはいたのだが。
「そんな、あんな小さな子供達を?」
軽い衝撃を受けた。
「ああいう子供の大半は戦災で親を亡くしたり、親の勝手で捨てられたりで、誰も引き取り手がいないってのが殆どなんだ。まだ小さい子供だから誰の手も借りずに、独りでは生きていけないだろ? ブローカーがそういうのに目を付けて、取引しているんだよな」
「それって当然、違法だよね?」
「まあオモテは、な。だが、ウラではそうやって儲けている奴らもいるのが現実だ」
コウヅキはピンク色の天井を見詰めたまま、抑揚のない口調で答えた。そう言われても、トヲルには納得できなかった。
「じゃあ、あの子達の人権とかって、どうなるんだろ。無理矢理あんな格好させられているのに、あんなに明るく笑って……本当は幸せじゃないはずなのに」
「だが、あのマダムはこれでもマシなほうだぜ。普通はあまり気持ちのいい理由では買わないようなところが、殆どだからな」
「例えばどんな?」と、トヲルは何気なく訊いてみた。
「大半は召使い目的さ。子供を大量に買って、過酷な労働を強いるところもあるな。大抵はマシンにやらせている仕事でも、細かい作業とかは人力じゃないと無理なこともあるし。その分、マシンのメンテ代も浮くしな。
あと他には虐待や性的欲求の捌け口にしたり、薬品なんかの実験のモルモットだったり。普段から軍事訓練を受けさせて、兵士として戦場へ送り込んだり、だな。それにもっと酷い場合だと……」
「わぁっ、もういい、言わなくてっ!」
慌ててコウヅキの言葉を途中で遮った。
「なんだよ。お前が訊いてきたから、俺が答えてやってるんじゃねぇか」
コウヅキは不機嫌な顔をしながら、文句を言っている。
だがトヲルはこれ以上、自分にとって刺激の強すぎる話は聞きたくなかった。現実から目を背けてはいけないことくらい解ってはいたが、これ以上聞くのは辛かったのだ。
その残酷な現実を知り、トヲルは嘆息した。
「あの子達を救う方法って、ないのかな」
「ない」
即答である。
「そんな……例えば民間警察とか、そういったものを取り締まる団体みたいな所では、どうなの?」
コウヅキはトヲルを一瞥すると、面倒臭そうに欠伸をした。
「少しくらいやってはいるんだろうが、トカゲの尻尾切りみたいなものだからな。例え末端部分にある一つの組織をブッ潰したからといって、それで終わりじゃない。また新たな組織が作られる。延々イタチごっこさ。もし潰すんなら本体のある根元から、根こそぎ潰さなければ意味がない」
「じゃあ、それをやれば……」
「んな簡単にいったら、誰も苦労しねぇっての。あの組織の本体は相当デカい。もしかしたら金と時間があれば潰せるかもしれねぇけど、民間警察だって暇じゃねぇんだし。そこまでのリスク背負ってまで、やろうとは思わないさ」
(だったら)トヲルは、決心した。
「あの子達を連れて僕が逃げるってことは、できないのかな」




