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 もちろん、大西夫妻は大喜びだった。

 

「明日の便に変えたって? そりゃよかった。夕べのだけじゃ、とうてい沖縄の料理を食べたってことにはならないからな」

 

「ええ、そうですとも! 今日はお客さんも来ないから、私の手料理をたっぷり食べてちょうだいな!」

 

 もてなし好きが久しぶりに島外から客を迎えてウキウキしてくれているおかげで、カオリが朝から真っ青で震えていることも、深くは追及されなかった。

 

「どうしたの、カオリ。熱はないみたいだけど……ステキなお兄さんたちが来て、ちょっと興奮しすぎちゃったのかしらねえ。したかないから、今日はお部屋で寝ていなさい。夜になっつてよくなったら、お兄さんたちと一緒に美味しいものを食べようね」

 

 てきぱきと娘をベッドに押し込む奥さんが、娘の体調不良の原因を来客のせいと断定していることも、カオリが何ひとつ喋ろうとしないのも、和彦とフォウにとってはありがたいことだった。

 

「和彦さん、どう思う? あの翼竜もジャメリンとかの仕業なのかな」

 

「さあ、どうだろう」

 

 和彦はかぶりを振った。

 

「彼らは常に、かつての自分の世界にいた動植物をこちらに送り込んでくる。地球についても、よくは知ろうとしないままだ。そんなやつらが、この世界に生きていた古代の生物を復活させようと考えるだろうか。しかも、絶海の孤島に」

 

「確かになあ」

 

 フォウも腕組みをしてうなずいた。

 

「それくらいだったら、地球のどこかでこっそり古代生物を復活させようという不埒な科学者がいて、そいつらがうっかり実験動物を逃がしちゃって……とかいうほうが、信憑性があるかなあ」

 

 なにしろ彼らはついこの間、白土了という地球産のマッド・サイエンティストと闘ったばかりなのだ。なにもよその世界の侵略者を待たなくても、この世界にもとんでもない悪人がいることは思い知っている。

 

 どちらにしろ、彼らが誰も知らない島に隠れてこっそりと生き延びたいだけならば、和彦は別にそれでもかまわないのだ。

 和彦自身、よその世界から密かに地球へやってきて、身の上を隠してひっそりと生きているのだから。

 

 ただ、自分たちが立ち去った後に、翼竜たちがカオリを狙って襲撃し続けてくるようなことだけは避けたい。

 そして、そうなりそうな可能性は濃厚だ。

 

 ビーチで泳いでくるようにとしきりに勧める大西夫妻を振り切って、部屋で休ませてもらうことにした。

 特に、大量の炎を操って一晩中大活躍したフォウは、もうへとへとだ。ふとんにもぐりこむなり、ぐるんと丸まって眠り込んでしまった。

 しかたなく和彦は、実は明け方まで二人で話し込んでいて、などと言い訳する羽目になった。

 

「そこで実は、夕ご飯のときに余ってた泡盛とかいうお酒を部屋に持ち込んで、飲みながらしやべってたら、すっかり酔っぱらっちまって、トイレに行こうと立ち上がったら、ほら、このとおり……」

 

 そう言って、寝ているフォウの額の傷を指さしてみせると、大西夫妻は大笑いしてくれた。酔って転んだというのはフォウにとっては不名誉な話だが、ケガの言い訳としてはなかなか妥当なところだったようだ。

 

 夕食は奥さんの宣言どおり、昨日に増しての大ご馳走だった。

 昨日と違って助太刀してくれる近所の人がいない分、もっと大変だったという言い方もできる。

 

「うえっ。なんですかこのプチプチした緑色のは。海藻?」

 

「ああ、これは海ぶどうっていうの。緑のキャビアって呼ぶ人もいるくらいの高級食材なのよ。海藻だけど、栄養価も高いんだから。産地直送で安く手に入れたものだから、遠慮なくぷちぷち食べてちょうだい」

 

「う。この天ぷらも、海藻っぽいような……」

 

「それはもずくの天ぷら」

 

「も、もずくってあの、たまに市販のフリーズドライ味噌汁を溶かしたらもやもやと広がっていつの間にか容器いっぱいになる、あの海藻? あんなものをどうやって揚げるんですか」

 

「そりゃあもう、熟練の技で揚げるのよ」

 

 答えになっていない答えを返しつつ、奥さんは胸を張った。

 

「いいからがぶっと噛んでみなさい。うまみがじわあと口いちっぱいに広がるから」

 

「うう……俺、日本の海藻ってわりと苦手なんですよ」

 

「何言ってるのよ、フォウくんは中国人でしょ。中国人はなんでも調理して食べるんでしょ?」

 

「えーと。俺は香港人でー……香港と本土ってのは、日本の人が思っているよりもずっとずっと文化が違っててー……」

 

「じゃあこれはどう? グルクンっていう魚でね、このへんの名物なのよ。小骨はあるけど、気にしないで頭からがぶっと食べればいいから」

 

「いや、小骨はちょっと……あっ、和彦さんずるいぞ。素性のはっきりしてそうな素麺とかランチョンミートとかばっかり食べて」

 

 とにかく大騒ぎである。

 

 食事の席にも、カオリは出てこようとしなかった。

 しかし、奥さんが様子を見に行ったらすやすや眠っていたということなので、和彦とフォウはホッとして、素早く目線を交わし合った。

 

「明日、お二人が帰るときには、具合がよくなってなくても、起こしてあいさつつさつせるからねえ」

 

「いやいや、具合が悪いのなら僕らのほうが枕元にいってあいさつしますから」

 

 さすがのフォウも奥さんにはタジタジである。

 奥さんのほうも、寡黙な和彦よりは相手がしやすいとみて、チャレンジ精神を必要とする見かけをした料理は、ぐいぐいフォウに勧めてくる。

 

 大笑いのうちに会食は終わった。

 

「明日はフェリーを何度も乗り継がなくちゃいけないんだから、夕べみたいに夜更かししちゃダメよ」

 

 釘をさされながら、和彦とフォウは客間に引き上げた。

 

 せいぜい派手な動きで布団を敷き、大きな声でおやすみを言い合って部屋の電気を消した。

 その実、着ている服もそのままだ。

 ふとんをかぶったまま、暗闇の中で二人でひそひそと打ち合せをした。

 

 行動開始は、やはり深夜。

 

 大西家だけでなく、集落の全ての家から灯が消えて寝静まるのを待って、おもむろにフォウと和彦は家から抜け出した。

 

 先頭には和彦が立った。

 昼間、フォウが眠りこけている間に、念のため巣のあった場所を確かめてきていたからだ。

 昼間に見たヒナの死骸は、改めて異様なものだった。空を飛ぶ古代の爬虫類といわれてようやく納得できるような、不気味な姿をしていた。

 ヒナの死骸は、昼の間に和彦が巣のそばへ埋めてしまった。

 後日、このような不気味な生き物が誰かの目に触れて、大騒ぎになるのもよくはないだろう。

 

「本当に今夜も来るかな」

 

「来るさ」

 

 フォウの返答は確信に満ちていた。

 

「あいつらはまだ、自分のヒナが死んだところを間近で確かめたわけじゃない。俺たちが巣をいじっているのを見て腹を立てただけだ。今までにも、卵が干からびてるのにも気付かないで、ああやってときどき様子を見に来てたんだろう。仲間を殺した俺たちへの復讐という以外に、卵のことも心配してるはずだ」

 

 二人で並んで星だらけの夜空を眺めた。

 

 潮騒の音がかすかに聞こえてくる。

 ときおり流星が空を横切っていく。

 信じられないほど美しい光景だった。夜半を過ぎても気温は高く、半袖でも汗ばむほどだった。

 あたたかな湿った海風が、ときおり二人の間を通り過ぎていく。

 

「きれいだな」

 

 和彦はつい、呟いてしまった。

 

「地球には、こんなにきれいな場所があるのか」

 

「自然の美しさだけじゃないよ。いつか和彦さんに、俺の故郷も見てもらいたいな。百万ドルと世界中が認める、きらきら輝く光の街だぜ。ここの星空にだって、決して負けてないと俺は思うよ」

 

 肩を並べて星を仰ぎながら、フォウが言った。

 

 静かな時間が流れる。

 こんなときなのに、和彦は幸せを感じてしまった。

 この世界に来られて、本当によかった。リューンであのまま死んでいたら、フォウと出会うことはなかったのだから。

 互いに信頼し合い、支え合える心の友。

 そんな贅沢なものが得られるときが来るなどと、リューン・ノアだった頃の自分は夢想だにしていなかった。

 ましてやその友と笑ったりふざけたり。

 二人で異郷に出かけて、見知らぬ料理にまごついて。

 

 僕は幸せだ。

 

 などと、呆けたようなことを考えていたせいだろうか。

 

 がさりと草むらが揺れた、その音に反応するのが遅れた。

 和彦がハッと振り返ったときには、フォウがすでに地面を蹴って、飛び掛かっている。

 

 まさか、翼竜が地面を這ってやってきたのか。

 それとも、これはまた違う敵なのか。

 

「この野郎っ、何者……」

 

 フォウが、荒げた声を途中で止めた。

 草むらに突っ込んだ手を、火傷でもしたようにひっこめる。

 それから、改めて両手を差し伸べて、抱き上げた。

 

「……カオリちゃん⁉」

 

 和彦も驚きに目を見張った。

 

 フォウの腕の中にいるのは、寝巻姿のカオリだった。

 相変わらず青い顔をしたまま、震える手でフォウにしがみついている。

 和彦に気付いて、目にいっぱいためていた涙をぽろりとこぼした。

 

「だって……あたしの、せいだから」

 

 しゃくりあげながらカオリは言った。

 

「おにいちゃんたちは、あたしのかわりに、あの鳥さんたちにごめんなさいを言いにきたんでしょう? あたしが卵をうまくかえせなかったから、鳥さんはおこってるんでしょう? だから……だから」

 

 ついに少女はフォウの胸に顔をうずめて、わあんと本格的に泣き出してしまった。

 

「ち、違うんだよカオリちゃん。俺たちがここに来たのはそうじゃなくて……あーあーあー。和彦さん、どうしようか、これ」

 

 そんなことを言われても、和彦だって困る。

 

 間の悪いことは重なるものだ。

 

 フォウが必死でカオリのご機嫌を取っているところへ、ばっさばっさと例の羽ばたきが聞こえてきた。

 

 翼竜だ。

 

 二羽とも、目が怒りで真っ赤に血走っていた。

 口々に不吉な雄叫びを上げながら、まっすぐにこちらへ向かって突進してくる。

 

「フォウくん、君はカオリちゃんを頼む!」

 

 前夜と立場は逆になった。

 フォウは一瞬口を尖らせたが、彼とてこの状況で強情を張りはしない。自分一人の命ならともかく、今はカオリを腕に預かっているのだ。

 

「気をつけろよ、和彦さん!」

 

 彼にしては驚くほど素直に、カオリを抱えなおして林の中へ駆け込み、身を隠した。

 

 和彦は丘の上に立った。

 

 迫りくる翼竜は、その大きさも相まって悪夢のようにすさまじい。

 けれども和彦は一歩も引かない。

 静かに、リューンの腕輪をはめた左腕を天へ差し伸べた。

 

 念をこめる。

 

 しっとり濡れた南国の空気が、腕輪の周囲を巡り始めた。

 かすかに聞こえていた潮騒の音にも変化が現れた。地響きのような唸りがゆっくりと迫ってくる。

 

 海面が持ちあがった。

 

 和彦はさらに腕輪へ意識を集中させた。

 全身の気力をふり絞り、一点に絞り込む。

 水柱が海の中から噴きあがった。渦を巻きながら、天に向かって広がっていく。

 

 周囲の気温がぐうっと下がった。

 

 まだだ。まだ足りない。

 

 腕輪は今や、まともに見られないほどまぶしく輝いている。

 その輝きが広がると共に、気温はさらに下がっていく。海は激しく渦巻き、天へ向かって噴水を降り注ぐ。水は空一面に広がり、細かい水蒸気と化す。

 ぼんやりと白い水蒸気に、星の光も次第に隠されていく。

 

 ひらり。

 

 白いものが、空からこぼれ落ちた。

 

 続いて二つ。三つ。

 たくさん。

 

「わあ……」

 

 フォウに抱きかかえられたまま、カオリがそれを見上げてうっとりと呟いた。

 

「雪だ……雪が、ふってきた」

 

 そのとおり。

 それは、雪だった。

 

 水を武器として使うリューン・ノアが、氷の世界を自在に作り出すリューンの腕輪の力を借りて作り出した、雪の世界だ。

 

「いいぞ、和彦さん!」

 

 フォウも弾んだ声を上げた。

 

「やつら、動きが鈍くなっている。やっぱり恐竜は、寒さに弱いんだ!」

 

 太古に絶滅したという翼竜は、なぜ滅びたのかと和彦がフォウに尋ねたのが、今回の作戦の元となった。

 フォウの話によれば、巨大な隕石が地球に激突したのが絶滅のきっかけだったが、直接の原因は、そのせいで空に瓦礫や埃が舞い上がり、太陽の光が遮られて長い冬の時代が訪れたせいだということだった。

 だって恐竜は爬虫類で、爬虫類ってのは変温動物だからな、とフォウは言った。沖縄の島に住み着いたのも、それが理由だろうと。

 

 ならば、急にその場へ冬が来れば?

 

 翼竜は動けなくなるのではないか、と提案したのは和彦だった。僕の腕輪で、彼らの周囲を冬にすることができると思うんだ。

 

 例によって、無茶だの無理だと二人でけんけんごうごう言い争って、結果的には和彦の案で行くことになった。

 あんまりやりすぎるなよ、と心配そうにフォウは言ったが、思ったよりもうまくいったようだ。

 

 翼竜はすでに、羽ばたきをやめている。

 

 風に乗っているからかろうじて浮いているだけで、和彦が容赦なく雪を降らせ続けているうち、うっすらとその雪が積もった地面へゆっくりと落ちてきた。

 

 目を閉じた巨大な体は、ぴくりとも動かない。

 

 その姿に哀れを感じないといえば嘘になる。

 だが、そもそも今のこの世界に存在してはいけない生き物なのだ。

 何かの間違いで甦ってきたけれど、このまま生きていて幸せでいられるとも思えない。

 

 和彦は、今度は腕輪を二羽の翼竜に向けた。

 

「さらばだ、古代の幻よ」

 

 雪が、すさまじいブリザードとなって二羽の翼竜を包み込んだ。

 瞬く間に全身が凍り付いていく。

 表面だけでなく、内部からの凍結だ。

 

 十分に凍らせておいてから、和彦は改めて雪を呼び集め、馴染みの大剣の形に作り変えた。

 

「えええい!」

 

 気合一閃。

 

 両手で振りかぶった大剣が、凍った翼竜に叩きつけられる。

 その衝撃で翼竜の体には細かいヒビが入り、ばらばらに砕けていく。

 

 細かい凍った肉片を、次に和彦が呼んだ冷たい風が海へ向かって吹き散らした。

 

 肉はやがて温かい海の中で溶け、魚たちのかっこうの餌となるだろう。

 

 フォウは上手にカオリを胸の中へ抱きしめ、残酷なその場面は見せないようにしていた。

 けれども、そこまで気を使わなくても、カオリは大丈夫だったかもしれない。

 なぜなら彼女は、大きな鳥の存在よりも、あこがれ続けた本物の雪に夢中だったからだ。

 

「雪だ……ほんとの雪だ……」

 

 雪の名残は、まだいくらか空から降り続けていた。

 フォウの腕から抜け出して雪を触りにいこうと、カオリは両手をバタバタさせた。

 

 苦笑したフォウが、翼竜の残骸が目につかない方向へとカオリを連れて行った。

 目混ぜで要求された和彦も、苦笑しながらそこへおまけの雪を降らせてやった。

 

「うわあ、うわあ!」

 

 舞い散る雪の中で、カオリはくるくると回った。

 頬は嬉しさで上気し、目にも輝きが戻っている。

 

「雪だ! おきなわにも、雪がふるんだ!」

 

 このまま、はしゃがせておこうぜ。と、フォウが和彦に耳打ちした。

 

「そのうち疲れて眠りこんじまうだろ。そしたら連れて帰って、そりゃあまたすてきな夢を見たんだねって言いくるめるしかないよ」

 

 だって。

 沖縄に雪は降らないのだから。

 

「かずひこさん、ふぉうくん!」

 

 カオリが叫ぶ。

 

「雪だよ、ほら!」

 

「ああ、そうだね」

 

 フォウが返事をした。

 

「でもカオリちゃん、このことはお父さんにもお母さんにも内緒だよ。

 だってこの雪は、卵を大切にしてくれたカオリちゃんのために、大きな鳥さんたちがくれたプレゼントだからね」

 

 そう言って、フォウは和彦に肩をすくめてみせた。


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