表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/40

第39話:バディ②

 アオイの前にはハンバーグ定食、しかもハンバーグは2枚に増量されている。

 俺の前にはいつものブラックコーヒー。俺まで食べ物を頼んでしまうと、なんだか火に油を注ぎそうな気がしたので自重する。


 ここまでの時間、無言だ。


 俺はなんでアオイがキレているのか理解できず、コーヒーカップで顔を隠しながら、上目遣いでアオイを観察する。


 2枚のハンバーグの半分をフォークで刺して、一気に口へと放り込む。そして顔の形が変わるくらい豪快にモグモグ咀嚼してから、飲み込む。


 そして、口の端についたソースを紙ナプキンで拭う。


「なんで、連絡を絶った?」


 ハンバーグの美味しさにとろけていた表情が、怒りによって再び引きしまる。


「いや、いろいろあって無価値者(ワースレス)を辞めることにしたから……」


 俺は無意識にソケットのあった後頭部に触れ、鈍い痛みを感じて咄嗟に手を離す。


「そのへんの事情は、おいおい教えてもらう。私が聞いてるのは、なんで連絡を絶ったか、だろ?」


「だから、俺が無価値者(ワースレス)をやめたし、支給のデバイスも取り上げられたから……」


「そうじゃない。支給のデバイスがなくたって、会社づてで連絡の取りようはいくらでもあんだろ」


 アオイはお冷を一口飲んで、タブレットでクリームソーダを注文する。「あ、これも奢りだからね」そう言うアオイに俺は何も言えない。


 アオイがなぜ怒っているのか、よくわからない。


 きっと無価値者(ワースレス)を勝手にやめた事を怒ってるのだろう。

 

「何の相談もなく、無価値者(ワースレス)を辞めて、ごめん」


 アオイは溜め息を吐く。


 これは、正解ではないのか?

 

「この際、私に何も言わず無価値者(ワースレス)を辞めた事は、別にどうでもいいの。そりゃムカつくけど、この仕事なんて長く続けるようなもんじゃないんだから、やめる辞めないは個人の判断」


「だよね」


「いや、別に納得してないから。許してないから」


「ええ……」


「私が言いたいのは、無価値者(ワースレス)を辞めた事と、連絡を絶った事は、別の問題ってこと」

 

 運ばれてきたクリームソーダの上のアイスにフォークを突き刺し、口に放り込む。これじゃあ、ただのメロンソーダとバニラアイスじゃないか。二つの味が混じり合うハーモニーがクリームソーダの醍醐味なのに、これじゃあソーダとアイスを単品で頼むのとかわらない。


「おい、なにボケっとしてんだよ。私が何を言いたいのか、ちゃんと考えてんの?」


「あ、すみません」


「ほんと鈍いよなぁ。私を助けにきてくれたあのソラトとは、別人なんじゃないの……?」


「本人だよ。ほらこれ、あの時殴られたアザ」


 俺は服の首元を伸ばして、胸に出来たデカいあざを見せる。

 

「知ってるよ。嫌味だよバカ」


 アオイはハンバーグの半分を口に入れ、長い時間をかけて咀嚼した。


 俺は伸縮するアオイの頬から、店の内観へと視線を移す。夕食の時間が近づき、店内は様々な人の話し声で色付き始める。

 

 俺たちはこのファミレスで、一体どれだけの時間を過ごしただろう。

 

 初めてアオイに会った時、その『首狩り』のレッテルから、筋骨隆々の化物を想像していた俺は、目の前に現れた華奢で小柄で陰気なアオイの姿に驚いた。

 恐ろしい人物だと思っていた彼女の中に、不器用な優しさを見つけたのは、初めて2人で調査に行って、俺が足に大怪我をした時だったか……。

 

 あれから何度も、この場所で、次の調査の事をあーでもないこーでもないと話し合った。でも実際のところ、その会話の中身には、何の生産性もなかったように思う。

 アオイと同じ時間を過ごす事、それ自体に俺は、いつしか喜びを見出していたんだ。


 そんな事を考えていたら、また失いたくないと思ってしまった。

 この、バカバカしくもかけがえのない時間を。


 俺にとってアオイは、そういう存在になっていた。


 でも、アオイにとって俺は――


無価値者(ワースレス)とか、そんなの関係ないでしょ……」


 アオイはそう言って俯いた。

 

 喧騒の中に消え入りそうな声。


 俺の心臓が何かを予感し、鼓動を早める。

 

「そんなの関係なしに、私はソラトの事、『バディ』だと思ってるんだよ」


 俺はアオイを見た。


 熱を持った彼女の目が、俺を見返していた。


 また一つ、アオイの知らない顔を見た気がした。

 それは、ムカつく相手を拳でぶん殴り、気に食わない奴に銃口を突きつけるいつもの彼女とは違う、本当に繊細で儚い顔だった。


 胸が、痛い。

 

「あ、うん……」


 言葉の意味を捉え損ね、ぬか喜びしてしまう自分を律しようと、俺は努めてそっけないふりをする。


 あ、でも、無理だ。


 もう無理だ。


「なに、ソラト、泣いてんの?」


「泣いてねーよ」


「泣けば許してもらえると思ってるでしょ。私、本気で怒ってるんだからね。私の前から、勝手にいなくなろうとした事、しばらくネチネチ言うからね」


「ごめん」


「ソラトは……」


 苦笑いのアオイがぼやける。


 視界が全て、夢の中のようにぼやける。


「ソラトだけは、私の前から、いなくならないで」



   *   *   *



 それから俺たちは、互いの過去を話し合った。


 俺はコーヒーを4杯お代わりし、アオイは大盛りのポテトを平らげた。


 隣の席に座る親子が、デート中のカップルに変わり、夜通し遊び疲れた若者達に変わった。

 

 目まぐるしく入れ替わっていく喧騒の中では、俺たちの人生なんて本当にどうしようもなく、さもありきたりで、いたって普通のもののように感じた。


 誰かに愛されて、誰かを愛する。


 そんな普通の人生のように思えた。


 無価値者(ワースレス)達が命をかけて希少な景色に触れ、その感動をキカイに喰わせ、そこから生み出される芸術で心を癒す。


 でも、そんな回りくどい事をしなくたって、こんな普通の景色の中に、美しい感情は潜んでいる。


 何でそのことを、俺たちは忘れてしまうんだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「ソラトだけは、私の前から、いなくならないで」 ああ! なんという叫び!
いろいろあった後の、最後から2番目の文。 ほんと、これですよねぇ…
おめでとう! 少なくとも二人は、お互い個人的な意味での、かけがえのないバディだ! 後はソラト。ヘタレないで、決めてね♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ