注文の多いラーメン屋
「ふー、寒い寒い。おまけに腹減ったぁ……」
「だな。そろそろ店、入ろうか」
「そろそろって……お前が魚は無理だのここはネズミを見ただの
あれこれ言って飯屋に入り損ねてここまで歩いて来ちまったんだろうが。この辺、店なんてあるのか?」
「まあまあまあ、お、ほらあそこ」
「ん、おお!」
二人の男が駆け寄ったのは一軒のラーメン屋。
『らぁめん』と立派な看板が掲げられていました。
「よしよし、入ろう」
「いや待て待て」
「なんだ? 腹減りすぎて倒れそうなんだ、早く入ろう」
「ちゃんと見ろ。ほらこれ」
そのガラスの引き戸には張り紙があり、そこにはこう書かれていました。
【ご遠慮なくお入りください。どなたも大歓迎!】
「だとよ、ほら、入ろう」
「馬鹿、その下だ下。腹減り過ぎて見えないのか」
【当店のラーメンを心から愛してくださる方】
「ああ、愛しているとも。さあ、入ろう」
「その下もあるだろうが」
【脇目もふらず出されたラーメンを食べて下さる方】
「食べるとも食べるとも。じゃあ」
「その下もあるぞ」
【食前にはいただきます。食後にはごちそうさまでしたと
店主の目を見て感謝の言葉を伝えてくださる方】
「します、します。何なら神と崇めます。いざラーメンアーメン」
「下にまだあるからな」
【歓迎しない方。退店いただく場合のある方】
「注意事項か。はぁ、なになに。ああ、さっきと逆のことね。
残さない。スマホをいじらない。いただきますを言わない。よーく、わかったよ」
「まだだ、まだあるぞ」
【初めてのくせに当店のおススメを食べない方】
【通ぶる方】
【店主を差し置いて、おススメなど初めて来たお客様に説明しようとする方】
【ネットで低評価をつける方】
【SNSで当店、及び店主の悪口を投稿する方】
【食券を買う際、モタモタする方】
【注文の際、お願いしますと大きな声で言わない方】
【声が小さい方】
【喫煙不可】
【子供連れ不可】
【店内では携帯電話の電源を切る】
【店主、スタッフには敬語。でも忙しいので話しかけないで】
「あーっと……よし、大丈夫だ。そもそも俺らのような普通の客には関係ない。
こういうのは元々マナーのなってない奴に対する注意書きさ」
「まだ下にあるってば」
【女の子は積極的に話しかけてください。トッピング等のサービスも考えます。
(ただし、可愛い子)店主は現在、独身で彼女募集中です。
優しい子、浮気に寛容な子でエロいノリが好きな子が良いです。
でも、店主に一途であること。
また、食べ過ぎて動けない場合は上の部屋で休むことが出来ます。お気軽にどうぞ。
嘔吐し、外を汚される等、危ないなとこちらが判断した場合は指示に従い、上の部屋でお休みください】
【店内を見回さない。注文後は黙って座り待つこと。
その間も心の中で店主に感謝を述べること。
ラーメンを出された時はありがとうございます。これ人として常識。
また、食べている間は笑顔でいること。ただし、ニヤニヤしていけない】
【トッピングは在庫状況を加味して店主が決めます。
勝手に載せることもありますが、後に料金も払うこと(お釣りは出ません)】
【また、スープの味を楽しんでいただくために、うがい手洗いの他
鼻の通りを良くするために薬を吸引していただきます】
【上記の注意事項を、よく読み、同意の上でお入りください。
守れない方はご退席いただく場合がございます(返金なし)
また、ラーメンを残した場合は罰金を頂きます(スープも込み。当店自慢のスープなので)】
「おお……」
「あと、そっちの張り紙の隙間から中を覗いてみろ。
ほら、カウンター席にも張り紙があるぞ。食べる時の作法が書いてある。
スープからお飲みくださいとかさ。さ、わかったらそろそろ入るか、ん? どうした」
「……いや、コンビニ探そうぜ、うん、そうしよう」
「何言ってるんだよ。大丈夫さ、ほらご馳走するからさ」
「えー、あ、おい、勝手に開けるなよ。ああもう、背中押すなって!
やだよ! 絶対ヤバいだろこの店! ほら! 客も来てないみたいだしヤバいって!」
「はははっ、あー、駄目駄目。入る時は右足からな」
「はあ? そんなこと、書かれて――」
「父さん、ただいま!」
「お前の家かよ!」