勇者様は料理人を絶対パーティに入れていたい
初投稿になります
最近の追放ものを見てふと思い浮かんだものを書き上げました
少々短いかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです
誤字脱字などがあればコメントなどで教えていただければ
「いやだぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
冒険者ギルド運営する冒険者が集う酒場、そこでけたたましい泣き声が響く。
なんだなんだと客や店員が様子を見に行くと、そこにいたのは今やこの国で知らぬものはいないであろう勇者パーティご一行。
メンバーである魔術師、神官、狩人の三人に囲まれているのは、コック帽を被りエプロンを着て、背中にフライパンを背負った、明らかに料理人であろう少年。
……――そしてそんな少年に抱き付いて情けないほどに泣きじゃくる、パーティのリーダーである勇者であった。
野次馬たちはそのあまりにも異様な光景に困惑するばかり。
やがて魔術師の少女が机を思いっきり叩き、勇者を叱責する。
「仕方ないでしょ!!! この先私たちが戦う事になる相手は強力で、非戦闘職の料理人であるその子を守って戦う余裕はないの!!!」
それを聞いて、周囲の者は察しがついた。
恐らくあの料理人は勇者パーティを追放される事になったのだろう。
酒場は冒険者が集まって今後の方針を相談する場として使われたりもするため、このような追放を言い渡すことも少なくないし、なんならその後のひと悶着も珍しい光景ではなくなってきている。
魔術師の少女が言った通り、勇者パーティは数々の武勲を立てた為、ギルドや国から様々な依頼を請け負っている。
その中には魔王やそれに匹敵する邪竜など、戦闘職の冒険者でも手に負えない相手をすることもある。
戦闘技能を持たない料理人など足手まといにしかならないのは明白である。
故に、料理人の彼をパーティから外すのは当然のことだが……リーダーたる勇者が反対して揉めてるのだろう。
「勇者様……もういいよ」
渦中の人物である料理人の少年が口を開いた。追放を言い渡されただろうに口調は穏やかだ。
「僕は料理一筋だったから戦闘はからっきし、現に今までも皆に守ってもらってばかりだったろ?
ここら辺がついてける限界なんだよ」
むしろそんな僕をパーティに入れてくれて、今まで置いてくれてありがとうな、と言いながら自分に泣きすがる勇者の頭をそっと撫でる。
あまりにも少年の対応が大人過ぎて、一部の野次馬たちが涙ぐんでいる。
「でも、でもぉ……」
だが勇者はそれでもすがる。それほどに情深いのか、はたまた昔なじみの仲なのか?
「……お前の料理が食べられなくなるのは嫌なんだぁぁぁぁぁああああああ!!!」
勇者が叫んだ瞬間に野次馬たちの一部は思いっきりズッコケ、一部は呆気にとられ、一部は何を言ったのかわからないという風に混乱していた。
「お前の作るステーキが、サンドイッチが、オムレツが、ハンバーグが、唐揚げが、トンカツが、ビーフシチューが、ピザが食べられなくなるのは絶対嫌だぁぁ!!!」
この国が誇る勇者様がここまで食い意地が張っていたことに、その場にいる多くの者が驚愕していた。
それくらい我慢しろよと思う者がいる中、思わぬところから勇者に援護射撃があった。
「……確かに、旅の道中で温かい食事が食えなくなるのは……正直辛い」
それまで黙って話を聞いていた狩人の青年だった。
「戦闘に役立つスキルはなくとも、限られた食材で栄養バランスも考えてうまい食事を振る舞える……その技術はピカ一だ。
それに、こいつのうまい食事があることで士気が向上していたのは紛れもない事実だ。」
「アンタねぇ……」
「わ、私も……」
おずおずと手を挙げたのは神官の少女だった。
「私も……彼の作るお菓子、美味しいから食べられなくなるの嫌……! 貴方だって……いつも彼の作ったお菓子、おいしい、おいしいって食べてたし……! ダイエットしてる時には……低カロリーのお菓子作ってもらってたりしたじゃない……!」
これには痛いところを突かれたとばかり魔術師の少女も目を見開く。と同時に、酒場にいた一部の女冒険者たちは「ダイエットにいい低カロリーのお菓子」というワードを聞き、目の色が変わった。
魔術師の少女は悔しそうに顔を歪めると、拳を強く握り、俯いてしまった。
「……よ……」
「……?」
「そうよ! アタシだって嫌よぉ!!! この子にパーティやめて欲しくなんてないわよぉぉ!!!」
ついには魔術師の少女も声を上げて泣き出してしまった。
「でもしょうがないじゃない! 今度の依頼は本当に危険な所なの!! 守り切れる余裕があるかどうかもわからない!!!」
「何があっても俺がコイツを守れるくらい強くなるよ!!!」
これがどこぞの王女に言ったのであれば、ラブロマンスでも始まりそうな台詞だが、相手は料理人の少年である。
「アタシだってそうするわよ!!! でも依頼の期日まで時間がないんだから修行する暇もないし、しょうがないでしょ!!!」
「じゃあ取り消せよその依頼!!!」
「国王陛下からの依頼なんだから無理に決まってるでしょぉ!!!」
とんでもない発言が飛び出したことに戦慄する者がいるなか、わぁわぁと勇者と魔術師が泣きながら口論するだけになってしまい、神官と狩人も悲しそうな顔で俯いており止められそうにない。渦中の料理人は勇者に抱き付かれながら複雑な顔をしているし、周囲の野次馬もどうすればいいんだろうと困惑するばかり。
混沌とした酒場だったが、そこに一石を投じる者がいた。
――カコーーーーンッ
勇者と魔術師の頭に木製のジョッキが振り下ろされた。
いい音を立てたその一撃を落としたのは酒場のマスターだった。
「天下の勇者様たちがピーピー泣いて騒いでんじゃねえよ! 全く……」
「「ず、ずびばぜん……」」
冷静になって周囲の状況に気づいたのか素直に謝って席に戻る。
そうして、マスターはチラリと件の料理人に目をやって、ふむと考えこむ。
「お前さんたち……その依頼終わらせたらここに戻ってくるよな?」
「あ、はい……」
「ならその間はギルド酒場でコイツ預かっといてやるよ。
住み込みだから居所もわかるし、他の冒険者に取ってかれないように見といてやるから、依頼終わらせたら迎えに来な」
マスターの提案に泣いていた二人だけでなく、暗い顔でいた神官と狩人さえも喜色を浮かべる。
「いいんですか?」
一人冷静だった料理人がマスターに尋ねる。
「無論その間はうちで働いてもらうぜ。
なぁに、勇者様方にここまで言わせる腕前の持ち主なら問題ねえだろ」
「なら、お世話になります」
ペコリと頭を下げた料理人にいいって事よとマスターが去って行く。
その後は彼を追放しなくて済んだことを喜んだ勇者一行にもみくちゃにされた料理人を、周囲の客や店員はほっこりと温かい眼差しを向けていた。
そして翌日――
一時的な別れを惜しみに惜しみまくる勇者一行にお弁当を手渡して見送った料理人は彼らが帰るまでの間、酒場のシェフとして働いていた。
「勇者御用達の料理人がいる」という噂が流れたことや、彼提案のメニューのいくつかを店に出したことなどもあり、その間の酒場は大いに繁盛したそうな。