ポーカーフェイスの苦手な吉浦さんに僕は決してババ抜きでは勝てない
隣の席の吉浦さんは思った事がすぐに顔に出てしまう。
「では、この問題を……吉浦にやって貰おうか」
授業中も分からない問題であからさまな顔をするものだから当てられてしまう。この数学教師の竹ノ内は性格が悪い事で有名なのだ。一部では嗜虐的なだけであるとも言われているが。
「ひゃ、ひゃい」
物凄く目が泳いでいる吉浦さんに僕は問題を解いてあるノートを渡した。
「そのまま書けば大丈夫だから」
「ありがと」
こんなやり取りは、日常茶飯事である。ただ、彼女の凄い所は分からない問題をそのままにしないという事だ。
「ねえ、さっきの問題だけど、どうしてここの値が2になるの」
「それはね、この公式を変形させて、これを代入すると、ほら」
授業終わりに分からなかった場所を聞かれる事も毎度の事となっていた。僕も数学は得意ではなかったのだが、彼女に聞かれた時に答えられないのは嫌だったので頑張っていたらいつの間にか得意になっていた。
彼女はいつも僕に頑張る切っ掛けを与えてくれる。そうなのだ、僕は吉浦さんの事が好きなのである。
初めはただ、吉浦さんが不憫に思えただけだった。軽い気持ちで手を差し伸べた。その時の感謝に助かったという気持ちと迷惑を掛けて申し訳ないという気持ちが混ざったような何とも言えない笑顔に僕の心はぶち抜かれたのである。
それからは、彼女を手助けする事が僕の生きがいとなった。その度に見せてくれる感情豊かな表情に、僕はどんどんと深みへと嵌って行くのが分かった。
休み時間の僅かな邂逅ではあるが、僕には至福のひと時である。
「吉浦さん、ひょっとしてお金ないの」
購買のまえで絶望的な表情を浮かべている吉浦さんを見付けた。
「お財布を家に忘れて来ちゃたみたい」
「はい」
項垂れる彼女に、僕は財布から千円札を取り出して彼女へ握らせた。
「ありがと。明日絶対に返すね」
彼女は心からの感謝を浮かべて購買の人だかりへと消えて行った。
翌日、可愛らしいポチ袋に入った千円を渡され、感動のぼくだった。
そして今、僕たちは友達グループでババ抜きをしていた。勿論、罰ゲーム有りである。あれよあれよと進んで行き、気が付けば僕と吉浦さんの一騎打ちになっていた。僕の手には一枚、彼女の手には二枚である。僕がババを引かなければ勝ちである。右の札を掴んだ。その時吉浦さんはこの世の終わりといった絶望を具現化した表情をした。僕には左の札を取る選択肢しか残っていないのであった。