表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おりてくるもの。

 やせ細りガリガリの少年は、廃屋の中、地面と壁とに魔法陣を描き、片手に悪魔召喚の本をもっていた。

ひざをついて、魔術本の絵をなぞる。悪魔が書かれた絵をなぞる。

 「もう一度、生きていくための演技力が欲しい、けれどそれももう無理だろう、インスピレーションがわかないんだ」

 少年は、過去を振りかえる。小さいころは何でもできた。けれど今は行き場を失った。家が財産を失って、追い出され、行き場を失い放浪し、やっと見つけた路上生活の居場所から最近追い出されてしまった。少年にとってその場所は“サーカス”か“見世物小屋”だった。少年は重度の拒食症。飢えに苦しむ様子を道端でみせて、寝ころび、仲間のために日銭を稼いだ。自分が手にする金は、わずかばかり。それも少年が初め取り決めたのだ。自分は欲しいものも、食にも困っていない、ただ仲間だけが欲しかった。少年は悪魔に呼びかける。そうして、一時、本を地面にやり、かつてのように演技をしてみせた。

 「水、水、食べ物、お恵みを……」 

 やせ細る乞食の真似。それにつかれて彼は、寝ころびながら回想に浸る。

 「もはや望などない、たましいをやる、その代わりに恨みを晴らしておくれ、この世に対する恨みを晴らして、かつては食に困っている演技をして、通行人や旅行客からお金をたくさんもらったものだった、そのこと仲間は困窮して、困窮している仲間だった」

 拒食。彼がやせようと思ったのは何も、路上生活時に始まったことじゃない。自分が運よくよい家に生まれた時から、裕福に生きる事を拒んでいた。彼の演技は一級品だった。誰よりも日銭を稼いだ。落ちぶれる恐怖はなかった。彼の中にはいくつもの才能があったから。彼はかつてピアノが弾けた。彼はかつて冗談がいえた。彼はかつて話がうまかった。けれどすべて道端では役に立たなかった。役にたったのは“かわいそう”と思われる死んだふりの演技だけ。

 「皆が生きていくために」

 できた仲間は10人ほど、はじめは仲良く、彼の演技に見ほれ、彼の生活をサポートし、お互いに協力しあっていた。これまでに感じたことのない助け合いを感じることができた。仲間を信じ、裏切られてもいいとさえ思った。夢を語ったり、互いの過去を語って、誰かがこときれようと、その話を誰かがいずれ、語り継ぐのだという契約さえも結んだ。けれど徐々におかしくなっていった。かつて仲間は同じように演技をして金をかせいだが、あまりにも少年が稼ぐので少年にだけ仕事をまかせるようになった。彼らは台本をかいたり、演技指導をするだけになった。ひがなそんなことをして、少年のバックアップに回る。しかし彼らの態度は横柄になり、少年に必要以上に強く当たるようになった。その頃少年は、自分の演技を呪いはじめたのだ。やがて、周囲にもほかの仲間グループにも、そのグループは横柄になり、だんだん周囲のグループや路上生活者とも仲が悪くなっていった。彼は、何度もとめたが仲間が周囲との争いを激しくしていった。やれ、場所のふりわけやら、やれ担当する日時の事やら、やれ、警察へのワイロは自分たちが取り持っているだの、だんだんと態度がでかくなっていった。どうか、静かに楽しく暮らしていこう。仲間に本心からそう諭したが、仲間は彼の演技によって路上生活としては莫大な利益を得ていて彼らの手の中にそれはあった、その時彼は気づいた。

 「自分は、演技でしか人の心を動かす事ができなかったのだ」

 仲間がついには路上生活から脱し、しかしかつての仲間につらくあたるようになってから、彼は演じることを恐怖しだした。そうして徐々に彼は仕事場を失っていった。生きていく意味を失いつつあった。かつての仲間は誰も彼を助けようとしなかった。

 「お前の表現は所詮泥水のようなものだ、路上生活者のものだ」

 「嘘をつけなきゃ、演技ができなきゃお前のようなものに居場所はない」

 「正直にいえば、お前が争いの元だったのだ、お前のやる気がなくなってせいぜいしているよ、皆に均等に、稼ぎがわたるようになったから、それにお前がいなくたって、俺たちは生きていけるようになった、用済みだ」

 かつての仲間はだれも自分の窮状をほかのだれかに伝えることもしなかった。しかしそんな少年に手を差し伸べる人間もいたにはいた。だが少年は、そんな風に人から差し伸べられた手を断り続けるのだった。


 少年は誰に怒るでもなく、腹の中に怒りの炎を青い炎を燃やすようになった。それでもかつてのような演技はもうできなくなっていた。なにせ、人を騙すということに、反吐が出るほど嫌気がでたのだ。だから時には、私は貧乏ではない、などと通行人の出す金を断った。それでも生きていけた。仲間がいなければ、少ない日銭で生きていく事だけの食料を手にすることはできたのだ。


 けれど憎い、自分の優れた演技を見抜いた人間が一人もいなかったという事が憎い。そして少年は、彼らの住む地域に表れるという伝説の悪魔に救いを託した。食べることに回していた金のほとんどを、裏ルートでその悪魔の書を手にするために使った。その悪魔は古くからこの地にいつき、万人に平等であり、生前に魂を捧げた存在に対して、死後その目的を達成させるという。


 少年は薄暗い深夜に廃墟に侵入した。動物の死肉をバケツにいれ、呪文と魔法陣を描いた。悪魔は正しく召喚された。少年は、コートをはおり、やせほそったからだでその頬をなぞる。儀式の影響か、彼の手は真っ赤な血でゆれていた。バケツには、動物のものか血が大量にたくわえられていた。魔法陣が光り、霧の向こうに、正体不明の人型が浮かび上がった。

少年 「……」

悪魔 「グウゥウ、誰だ、私を呼ぶものは」

 徐々にその姿は、ツノをもつ悪魔の姿へと変わる。

少年 「悪魔、悪魔よ、私の魂をたべておくれ」

悪魔 「お前の魂?お前の……」

  悪魔が少年のアゴに手を伸ばす、その爪はするどくとがっている。

悪魔 「お前の魂はまずそうだ、苦しみぬいてもおらず、欺瞞で磨かれてもいない」

少年 「だから何だ、悪魔め、私も仲間にいれろ」

悪魔 「味をだす魂というのは、苦しみぬいた末に深みを出す、お前はだめだ、お前の苦しみは演技だ、お前は好きですべてをやってきた」

 少年は、悪魔の目をみて、びっくりしたような顔をしたあと今度は笑いだした。

少年 「アハハハ!!」

悪魔 「何がおかしい」

少年 「悪魔は、目の前に行き場なき魂があると食わずにはいられないらしいな、それがどんなまずいものであっても、行き場のない魂ほど食べることがたやすいものはないのだという」

 今度は悪魔のほうがゲラゲラと笑い出す。

悪魔 「お前は生きている人間じゃないか、それとも怨霊になったつもりか、この悪魔を脅したりだまそうとしたって……」

少年 「そうだな、俺は、怨霊だ」

 少しおどろいて悪魔は真下を見下げた。少年の姿は半透明になっており尻から糸状のものがつながっていた、その地面には血だらけの少年がよこたわり、いま、息を引き取った。

悪魔 「なんだ、こときれていたのか」

少年 「僕にはもう居場所などない」

 悪魔は頭をかいて、少年の魂を頭から飲み込んだ。少年は悪魔の腹部から顔をだし、悪魔に文句をいいつける。

少年 「魂を食ったのだから、契約を実行しろ、僕の契約は、かつての仲間の命を奪うことだ」

悪魔 「お前は変わった人間だな、普通、人間は生にすがるものなのに、お前にはそれがまるでない」

少年 「結局、拒食を始めたのも、両親に気に入られるよい子供を演じたのも、路上で困窮を訴えたのも、それは他人の影響なんかじゃない、自分は初めから、人を騙すのが趣味だったのだ、そして、人に迷惑をかけて生きることにも嫌気がだしていた、拒食も、演技も自分が好きでした事、自分は自分の生き方をしているだけで苦労も苦痛もなかったのだ、ただ一つの問題は、そうした意味の“仲間”がいなかったことだ、あるいは僕が嘘をつき続けることに付き合ってくれる仲間がいなかった、僕が本当に苦しんでいようが、それが演技であろうが、人間はそれに本気で取り合うものがいなかった、もしくはいなくなった、すでに自分の“生”には意味などなかったんだよ」

 悪魔は少年をえらく気に入り、まずいといいながら少年の魂をたいらげた。契約は実行された。少年は名前を残した。演技をして多くの仲間を救った人間、しかしその仲間に裏切られ仲間を呪った人間として、路上生活者の中で名前を残したのだった。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ