[65]
雪が降っていた。
いつ果てるともなく。
いつ降り出したかも定かでない。
昨日も、一昨日も、一週間前も。
一ヵ月前も、一年前も、十年前も。
否、もっと前から。
そう、あの革命の日から七十年経った今日も。
雪が降っていた。
窓の外。
いつ果てるともなく深々とこの世界の頭上から舞い降り続ける純白の妖精たち。
男は、安楽椅子に深く腰掛け、暖炉の炎を見つめて想いに耽る。
赤々と揺れる暖炉の炎。
蓄音機から懐かしい昔の歌が流れ、男の黒々とした影が絨毯の上に伸びている。
雪の舞い散るテラス。
執務室の中は、森閑として静まり返っていた。
と──
コン、コンッ
ノックの音がして、衛兵が外からドアを開くと、一体の機械化女中が滑るようにして執務室の中へ入って来た。
ピカピカに磨き上げられた男専属の機械化女中。
機械化女中が、手にした銀色のトレーをそっと男の前に差し出すと、「ブンっ」とメッセージが起動して空中に投影される。
投影されたのは、短い文章だった。
わずか二行。
文字にして百字ほど。
「………………」
男は、じっと文章を見つめていた。
何度も読み返しては、投影された文章の一文字一文字を網膜に焼き付けるように何度も見返す。
男の青い瞳だけが、その岩のように固く硬直した表情の中で左右へゆっくりと動いていた。
が、暫しの後……。
男は無言で機械化女中に小さく手を上げる。
機械化女中は、再び、滑るようにして部屋を出て行った。
――――
部屋の中を再び沈黙が支配し、暖炉の炎だけがゆらゆらと揺れていた。
…………。
ごうっ、と窓の外で微かに風が鳴る。
音もなく深々と降り積もり続ける雪。
鈍色の空は、ゆっくりと暮れて漆黒の帳が世界に下りていく。
と――
男の頬が微かに緩む。
決して軽々しく開かれることのない口が、
決して心の底から微笑むことのないその瞳が、
ゆっくりと柔和な光を帯びて綻びていき、
そして――
「…………」
ふふふっ……
「はっはっはっ……」
男の低い声が響く。
柱時計が「ボーン、ボーン」と鳴った。
雪が降っていた。
第1部は、この回にて完結となります。
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