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『同志中尉……』


 それは――

 おそらく、前線指揮官から初めて聞いたであろうその言葉に少女が量子無線の向こうで言葉を失っていた。

 量子転送兵器の出力制限。

 それは、全ての回路に設けられたもので、目的は量子転送時に過剰にエネルギーが転送され量子タービンに必要以上の負荷が掛かるのを防ぐためのものだ。

 だから、それを全て解除するということは――。

 そう。

 量子転送兵器の出力制限を解除するということは、指揮官が最後の責任を全うするという事。

 そして、それは聖少女を斃すために今のソコロフに残された最後の方法でもあった。

 一概に言えないが、量子タービンがエネルギー負荷の限界を超えて最終的に爆発した際の威力は、六十兆ジュール以上、TNT爆薬に換算して一万五千トン近くに達すると言われている。昔、この国が日本と呼ばれていた頃にアメリカによって落とされた原子爆弾とちょうど同じくらい。

 威力は、十分だ。


『……残念です……同志中尉……。私は……私は……』


『ありがとう、オペレーター(ジェーブシカ)……。君のおかげで……ここまで来れた』


 さあ――。


『頼む……』


 もう……。

 ソコロフの頬を頭部の傷から流れた血と共に冷たい汗が伝う。

 これ以上、時間を掛けると意識を失いかねない。


『時間が……ない……』


『…………分かりました』


(…………)


 オペレーター(ジェーブシカ)が、しゃくりあげながらコンソールを操作し始めた。


 これで、なんとか間に合うだろう。

 短くなったタバコを投げ捨て、身を捩るようにしてなんとか引っ張り出したタバコを口に咥える。

 これが、最後のタバコだ。


(やれやれ……まったく、民生委員って奴は……)


 ゆっくりと細くたなびく紫煙と徐々に大きく、より近くに迫って来る銃声。敵の指揮官の物と思しき日本語まで聞こえてくる。オペレーターの少女が、キーボードを叩く音がイヤホン越しに響く。


『送電回路開放――』


 開放を確認……全システムを手動に移行


『全回路通電開始……通電を確認――。量子回路起動――』


 起動を確認……出力制限解除


『転送回路в(ヴェー)起動――』


 起動を確認……出力制限解除


『転送回路э(ゼ―)起動――』


 起動を確認……出力制限解除


『量子タービン起動――』


 起動を確認――

 回転制限解除

 出力制限解除


(……まったく、民生委員って奴は……)


『転送コード発信準備――発信目標、同志ミハイル・ゲオルギエヴィッチ・ソコロフ中尉』


 軍籍番号確認――


『コード発信』


『発信目標よりコード受信信号を確認』


 …………。


『同志中尉…………』


 ソコロフは、薄れる意識を手繰り寄せるように歯を食いしばり、天を仰ぐ。

 まったく、民生委員って奴は――




 なんと……素敵(ハラショー)な商売なことだろう……。




『…………』


オペレーター(ジェーブシカ)……頼む……』


『……………………』


オペレーター(ジェーブシカ)……』


 少女が、最後にそっとキーボードを叩いた。


『最終安全装置解除…………転送準備完了……』


 お別れです――


『同志中尉……』


『……ありがとう……オペレーター(ジェーブシカ)


 最後のタバコが地面に落ちた。

 ソコロフは、喘ぎ、喘ぎ、近くの瓦礫に掴まりながらゆっくりと左足だけで立ち上がる。

 体全体を地面に引きずり込もうとでもするかのように微動だにしない右足。


「──ぐぅっ!」


 立ち上がるだけでも鉄のような意思が必要だった。

 よたよたと何とか立ち上がったソコロフを機械化女中(スルージャンカ)が、弾痕だらけの防弾盾で援護する。


『転送してくれ……』


『……転送しますっ!』


 ラトニクが起動し、ソコロフの目の前に赤く輝く十字の照準が現れると同時にその体にのしかかるように空間が青く揺らいでいく。


(行くぞっ!)


 と――その時だった。





 タンっ! タンっ!





 二発の銃弾がソコロフの体を貫いた。

 背中に二発。 

 そして、崩れ落ちるように膝を付いたその瞬間。

 さらに一発。


(……なん……だ……)


 何も分からなかった。

 否、意味が分からなかった。


 どうして……?


 だが、そんなソコロフをよそに視界だけが急速に狭まり世界が暗転していく。

 また、銃声。

 タンっ! タンっ!

 体の激しく揺れる感触――

 凍り付く拍動と体の奥底から這い上って来る絶望――

 視界が真っ暗になり、誰のものか分からない声が耳朶に響く。

 そして――


 

 ぼろ切れのようになったソコロフの体は、音を立てて地面に崩れ落ちた。




次回で第一部は最終回となります。

最後までどうぞよろしくお願いいたします。

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