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国家人民軍人民内務委員 ヴィクトル・アナトリエヴィッチ・バザロフ……
……大尉。
の、筈だったが――
(『少佐』だと?)
そのカーキ色の軍服の肩の階級章が、それまでの尉官のものから佐官のものになっている。
(なるほど……)
この男が、地下世界における人民内務委員会の指揮官であるらしい。確かに、この場に国家人民軍の軍服で臨む気概といい、この期に及んで自分を量子転送兵器で撃って来るセンスと言い、人民内務委員としては、まったくもって素晴らしい奴には違いない。
バザロフは、量子転送兵器を構えたままソコロフをちらりと一瞥すると、その頬に薄っすらと笑みを浮かべた。
「おや? これは、これは……」
量子転送兵器の砲口を再び、灼熱のオレンジ色に加熱させつつバザロフは、嘲るように慇懃に顔を傾ける。
「ソコロフ参謀少佐殿では、ありません――」
か――
炸裂する青い閃光。
聖少女が量子転送兵器を発射した。
コンマゼロ以下の刹那の瞬間。
ソコロフとバザロフを両方間違いなく葬れるであろう、その中間点の地面。
そこへ、聖少女の放った量子転送兵器が命中する。爆炎と共に砕け飛ぶ路面、ソコロフは真後ろに弾き飛ばされ、元来た瓦礫の中へ叩きつけられた。
体を突き抜けるような重い衝撃。
目にしたものを理解するのと体に痛みを感じたのがほぼ同時だった。
(く……そっ!)
呻きつつ体を捩ると細かな瓦礫が、頭上からぱらぱらとソコロフの顔に降り注ぐ。
体中が痛み、顔を切ったのかこめかみの辺りからたらたらと血が滴って頬を伝っていく。
『ソコロフさんっ!』
「ソーニャっ……」
ソコロフは、喘ぎ、喘ぎなんとか体を起こすと、よろよろと瓦礫から這い出す。
なんてこった――
目の前の光景を見つめてソコロフが喉の奥で呻く。
視線の先には、先ほどとまったく変わらない姿勢で聖少女に向けて量子転送兵器を放つバザロフがいた。どうやら、量子転送兵器を聖少女と同じタイミングで発射して難を逃れたらしい。
(なるほど……)
コマーシャル・プレイスで例の大佐が使用していた『スヴァントヴィト』が連射できた理由がなんとなく分かった。
こうなってくると、聖少女にしてもバザロフにしても、バカ正直に正面から当たる訳にもいかないだろう。
(……予定変更だっ!)
が――
その時、量子転送兵器の衝撃波が鼓膜を揺らした。
背後から響く、くぐもった衝撃音。
ソコロフの表情が凍り付く。
真っ暗な町の向こうから濛々と上がる白い煙。
散発的に聞こえる日本軍の物と思しき銃声。
なにより、あの方角は――この階層で数少ない三階建てのビルが集まったショッピングモール。
ソコロフが、量子無線で呼び掛ける。
『……ホー中尉?』
まさか……
『応答してくれ、ホー中尉!』
背中一面に冷や水をぶっ掛けられたような冷たい戦慄がソコロフの体を満たしていく。
確認している時間はない。
しかし、間違いないことは、こちら側の貴重な手札が一枚失われた可能性があるということだ。
ここに来て、敵はその本性を現し始めている。
それも、指導者であり精神的リーダーでもある聖少女自身を戦場に立たせる捨て身の攻撃精神。「死なば諸共」と言う連中の身を焦がさんばかりの戦意と悲壮なまでの覚悟がひしひしと伝わって来る。
連中は、こちらを生きて返すつもりは微塵もないだろう。
それどころか、刺し違えてでも、その命を捨ててでもこちらを斃すつもりに違いない。
(ターシャだけは、と思っていたんだがな……)
落ちていた拳銃を拾い上げると、ソコロフは、小さな吐息を吐いてマガジンをリリース。
残弾五十六発
スライドストップを指で解除すると、両の手の中から「「ジャキッ!!」」と心地よい装填音が響いた。
ソコロフは、ゆっくりと歩き始める。
(行くぞっ!)




