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「どうなってる!」
我を忘れて叫ぶ軍曹の言葉に量子無線のレシーバーを握った兵士は、青ざめた顔をフルフルと横に振り、
「ぎゃぁっ!」
背後の窓から窓枠を盾に狙撃銃を構えて周辺を警戒していた兵士が、後頭部を熟れたスイカのように吹き飛ばされて崩れ落ちた。
これで四人目。
怯える部下を叱りつけて、軍曹はすかさずテーブルを立てて窓を塞がせる。
狙撃の相手は、分かっている。
グエン・ヴァン・クオン中尉
通称『ホー』中尉。
仲間たちから最高の敬意を込めて伝説の英雄の名をその称号として送られた国家人民軍最高の狙撃手。
かつて、第一七七民生委員会と第六八三民生委員会隷下の戦闘部隊を中心に国家人民軍の七個師団、臨時編成の一個軍を投入して行われた地下世界への掃討作戦である『大攻勢』において、二百六十七人の敵を葬った伝説の狙撃手であり、それ以前の戦闘を含めれば通算スコアは八百人を確実に超えると言われている。
だが、『ホー』中尉の脅威はそれだけではない。
(ヤツは狙撃の最長距離レコードの持ち主――)
その距離、千二百メートル。
(なんてことだ……)
軍曹の額に冷たい汗が滲む。
しかも、問題はそれだけではない。
それ以上の脅威が目の前で起きているのだ。
そう。
このセレモニーが罠であれ、本物であれ『聖少女』は必ず出て来る。
それ自体は、予想通りだった。
しかし、
(まさか、聖少女自身が量子転送兵器を使って攻撃してくるとは……)
しかも、使用しているのは――
(レベル5 シュガジビリ)
もう、一刻の猶予もない。
軍曹は、量子無線機にしがみついている兵士の肩を叩く。
「どうだ、繋がったか?」
「いえ……」
と――
「あっ、第二分隊が!」
轟音と共に声を上げた別の兵士の視線の先。
埃で汚れたガラス窓越しに見える広場、その一角に面した建物が閃光と共に焼き尽くされ、粉塵を濛々と周囲にまき散らしながら崩れ落ちた。
中には、バザロフ少佐を支援するための歩兵一個分隊十三人。
おそらく――
量子無線で呼び掛けていた兵士が、絶望的な声で呻くように呟いた。
「全滅か……」
「くそっ!」
その上――
「まだ、繋がらないのか!」
聖少女が量子転送兵器を使用し始めてからすぐに敵側の電波妨害は解除されている。
現在、行われているのは『ラトニク』へのハッキングくらいのものだが、それも人民内務委員会隷下の電子戦部隊とオペレーターが、なんとか持ち堪えており、量子転送兵器の使用にもなんら問題ない。
当然のことながら量子無線通信も、だ。
(それなのに――)
なぜ?
そう。
聖少女と直に決着を付けるため、広場へ向かった指揮官。
ヴィクトル・アナトリエヴィッチ・バザロフ少佐。
そう、その指揮官と連絡が取れないのである。
(まさか……。先の攻撃で……)
最悪の結末が軍曹の脳裏をよぎる。
だが、ここで退くわけにはいかない。
人民内務委員に任務の放棄などありえない。
ならば、取り得る決断は一つだ。
(よしっ!)
「我々も、前に出る! バクーニン! 第一分隊を連れて広場の西側に回れ! ガチンスキー、お前は同志少佐殿に呼び掛け続けろ! 同志少佐殿が出るまでだ! 残りは、俺に続け!」
軍曹の命令と共に装具が触れ合う音と銃の装填音が響き、兵士たちが慌ただしく身支度をし始める。
と、ラトニクを立ち上げた軍曹が、首を捻った。
広場の近くに一つだけ灯る友軍を示す青い点。
(まさか……?)
まさか――
軍曹は、空中投影されたラトニクの画面を何度も切り替える。
が……。
間違いない。
バザロフ少佐は――
(自身の意思で無線を切っている……だと?)
と――その瞬間。
「――あっ!」
一瞬で軍曹と部下たちを閃光が包み込み、轟音と共に全てが消し飛んだ。




