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「くそっ!!」
最後の一発が空を切ってついに手詰まりになった。
(はんっ! あたいも年貢の納め時って訳かいっ!)
そう自嘲気味に呟く間も身を預けた背後の四つ足の警備用ドローンには、容赦なく敵弾が突き刺さり続け、その度に表面の強化プラスチック装甲が細かい破片となって弾け飛ぶ。
手に握りしめたリボルバー、コルトパイソン。
弾がなければ銃は、ただの鉄くずに過ぎない。
が、この鉄くずは――
『千夏。こいつぁ、俺が若けぇ時分に使っていたもんだ』
(親父が、あたいにくれたもんだ……)
そう、地下世界きっての大看板。
清流会三代目組長 鬼丸不死身
喧嘩
仲裁
暗殺
また、喧嘩
そして、また仲裁……
仲裁に不満を持った相手から襲撃を受け、死に掛けたこと十数回。
瀕死の重傷を負った事三回。
名仲裁役として名を馳せた伝説の男。
自身の出入りでは、相手を容赦なく血祭りに上げる非情な一面を持ちながら、恵まれない人々や不幸な人々に対しては己の出自を重ね合わせて涙を流す情の漢。
『なぁに、お守り代わりだよ』
そう、その漢が、チナツにくれたものだ。
そして、その極道の血が最も濃く受け継がれたと言われているのが自分。
――鬼丸千夏
(お父さん……)
銃をそっと帯へ差し込むと、チナツは刀の鯉口を切る。
一か八か――
と、突然、舞台の背後の二階のガラス窓が音を立てて砕けるや、飛び降りて来た男が、聖少女へ向けて手にした自動小銃を至近距離でぶち込む。
「お兄ぃさんっ!」
「ターシャ、近くにいるなら援護を頼む! 引くぞ、チナツ!」
「……あいよっ!」
とは言え、相手の聖少女は――
その瞬間だった。
ふわりと浮き上がるチナツの体。
目の前が閃光で真っ白になり、周囲の建物の外壁が弾け飛ぶ。
真っ暗な階層の天井めがけてもうもうと巻き上がる粉塵と音を立てて崩れ落ちる建物。すでに広場にいる人間で生きているのは、自分たちと聖少女、そして、彼女を援護する日本兵たちだけなのではないだろうか。
そんな予感に身震いしながら飛び散った破片と顔にへばりついた粉塵を着物の袖で拭ってよろよろと立ち上がったチナツの耳に骨伝導イヤホンからソコロフの声が響く。
『こちらも量子転送兵器を使う。全員、広場から撤――』
が、
――伏せろっ!!
タケオが、叫ぶや否や滑り込んで来てチナツを再度警備用ドローンの陰に引きずり込む。
と――
「チナツさんっ! アリムラ少尉っ!」
分厚い防弾盾を体の正面に構えた七体の機械化女中が、ターシャと共に二人の前に滑るように躍り出る。
まさにその瞬間――
豪っ!!!!
「くぅっ!」
「なんてこった!」
「こらぁ! あたいらを町ごと焼き殺す気か!」
辺りを閃光と白熱が焼き尽くし、灼熱の旋風が頭上を通り抜けていく。
そして――
残ったのは炎の爆ぜる音と絶え間なく鳴り続ける銃声のみ。
表面の黒く焼け焦げた防弾盾を構える七体の機械化女中越しに銃を構えるターシャとタケオことアリムラ少尉。
チナツが、二人の肩越しにそっと顔を覗かせると――
見えた。
流れるような緑の黒髪と魅力的な鳶色の大きな瞳。
白く清楚な顔立ちとそのまなざしに秘められた強い意志。
水色のワンピースドレスの裾を熱風に躍らせながらその高貴なる少女は、悲壮なまでに気高い横顔で間断なく周囲をじっと見つめていた。
細い両の手で握りしめた巨大な銃身とオレンジ色に輝く銃口。
そして、その背中で甲高い音を立てる量子タービン。
そう――
空中投影されたブラウザからソーニャが、動揺を隠し切れない声で呟いた。
『まさか、聖少女さん自身が……』
舞台に立つ少女が手にしているのは、先に使用していた防御用量子転送兵器「レベル3 アルマース」から「レベル5 シュガジビリ」へ。
そう。
量子転送兵器を使っているのは、聖少女自身だった。




