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[53]


 最後の点呼が終わり、ホー中尉はうつぶせの射撃姿勢のままスコープを覗き込む。

 明りらしい明りがほとんどない黒々とした街並みの中に浮かび上がる煌々と明りの灯された広場。ひしめき合う群衆は、ざっと二千人ほどか……。

 否――


(窓にも鈴なりだねぇ……)


 よく見れば、家屋や町工場の二階、そういったところにも『聖少女』を一目見ようと多くの人がいるようで、通りや町工場の屋根に陣取った日本兵が、時折、メガホンでそういった連中に何か呼び掛けている。


(あと、三分……)


 ゆっくりとスコープ越しに視線を巡らせて周囲の状況をさらに見ていく。


(うーむ……)


 ひい、ふう、みぃ……

 屋根の上の日本兵は、数えるのが無駄なレベルでたくさんいるのでそもそも数えていない。

 数えているのは、その狙撃兵。

 見える範囲でその数、およそ――


(六人……)


 支援する観測手も含めれば、おそらく十人少々。

 この位置から見えない連中も合わせればもう少しいるだろう。

 それに……


(なんだろうね、あいつは……)


 広場から百メールほど離れた三階建てのアパートの屋上。トタン屋根の上に「にゅっ」と突き出た排気口の陰に陣取った日本兵とは別のどうにもアマチュアっぽい挙措の狙撃手は……。


「ソーニャちゃん……」


『どうかしましたか、ホー叔父さん?』


「もし、分かれば、でいいんだけどね……広場から――」


 ざっとその位置を告げるとソーニャは、空中投影されたブラウザの中で得意気にそのエメラルドグリーンの瞳をきらきらさせて微笑んだ。


『それは、狙撃マフィアさんです。ホー叔父さん、ビンゴですっ!』


「あれまぁ……」


 ソーニャに礼を言うと、練習がてらホー中尉はそっとそのマフィアだと言う狙撃手の頭部に狙いを定める。

 距離

 風向き

 銃弾の飛距離と弾道

 本来そう言った物は、頭の中でも紙の上でもそれなりに細かい計算を必要とするものだが――

 と、スコープを覗き込むホー中尉の顔が「……うん?」と強張り……やがて、その頬にニヤリと微笑が浮かんだ。


「ソーニャちゃん、こいつは、『ヤツハシ』二箱分のお手柄かもしれないよ」


『ホントですかっ? 嬉しいですっ』


「同志少佐――」


 と――


「……同志少佐?」


 ホー中尉が、もう一度量子無線のチャンネルを切り替える。


「ソーニャちゃん?」


 耳に聞こえてくるのは雑音(ノイズ)ばかり。

 …………。


(……電波妨害(ジャミング)!)


 ……なんてこった!

 喉の奥で呻くホー中尉のスコープの中でその人物が、ゆっくりと周囲を見回してからこちらを振り返った――かと思った途端、「ふっ」と言った感じで近くの階段があると思しき小さな建屋の中へ消える。


(あっ、クソ!)


 見覚えのあるその顔は、一度見たら忘れられるものではない。

 そう。



 ヴィクトル・アナトリエヴィッチ・バザロフ



 史上最悪の人民内務委員。

 ソコロフの父を収容所(ラーゲリ)へ送り込み、ターシャの父であるペトロフ軍曹を始めとした多くの民生委員のその死の原因を文字通り『作った』男。

 死神と言われるあの男だった。

 無論、来るであろうことは分かっていた。

 否、来ない筈がないと思ってはいたのだが――。

 その時、骨伝導イヤホンからブザーの音が聞こえ、左手首に嵌めたアナログ式腕時計の針が最後の一分を刻んだ。


(……ごめんよ、ペト公。ついに始まっちまったよ……)


 広場の方から大きな歓声が沸き起こり、舞台の周囲でマスコミの物と思しきフラッシュが瞬き始める。

 勝負は、一瞬。

 そして、目標はすぐに舞台に現れた。

 ホー叔父さんこと『ホー』中尉は、微かなため息とともにスコープを覗きなおすと――


 ゆっくりとトリガーを引いた。


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