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[5]


 不自然なほどに丁寧で柔らかなアルト。

 不気味なほどに落ち着き払ったその口調。

 耳朶に響いたその声に、

 魂を揺るがすその声に、

 ソコロフの喉がゴクリと鳴り、掌に汗が滲む。

 みぞおちの辺りに冷たい感覚を感じつつ、大きく息を吸い込んでソコロフは回線を繋いだ。


『はっ、同志委員長閣下……』


 直接言葉を交わしたことなどもちろん今の今まで一度もない。

 その存在を命令書の上で、遥か向こうの演台に立ったその姿でのみ見たことのある遠い存在。

 委員会戦闘本部ならまだしも、相手は第一七七民生委員会の最高責任者だ。

 一体、どういう風の吹き回しなのだろう?


『反国家分子がわが軍の量子転送兵器を使用していると委員会戦闘本部より緊急連絡を受けました。同志中尉、本当なのですか?』


『はっ、同志委員長閣下、誠に遺憾ながら――』


『事実だけを述べなさい、同志中尉。敵は、確かに、わが軍の量子転送兵器を使用しているのですね?』


『はっ、使用しております』


『使用している量子転送兵器は間違いなくレベル4、スプートニクなのですね?』


『はっ、同志委員長閣下、間違いありません』


 くぐもった爆音が背後からなおも聞こえて来る。

 量子無線通信の向こう側で、委員長は考え込むように暫し沈黙した。

 が、何やら電子書類をタップする音が少しした後、斧でロープを断ち切った時のような明快さで彼女は言った。


『同志オペレーター四〇七七八五六一』


『は、ハイっ! 同志委員長閣下!』


『委員長権限において、同志ミハイル・ゲオルギエヴィッチ・ソコロフ中尉に対してレベル5の量子転送兵器の一時使用権限を与えます』


『え……?』


『同志オペレーター、復唱を』


『は、はい! ええと……オペレーター四〇七七八五六一は、国家人民軍第一七七民生委員会委員長命令に基づき、同志ミハイル・ゲオルギエヴィッチ・ソコロフ中尉に対してレベル5の量子転送兵器の一時使用権限を付与致します!』


『結構です。大至急、取り掛かりなさい』


『は、はいっ!』


『同志中尉』


『はっ!』


『聞いた通りです。いいですね?』


『はっ! 同志委員長閣下、感謝致します!』


『忘れない事です、同志中尉。緊張した人民の面前において失敗する事は許されません。国家と人民――』 


 ソコロフは、奥歯を噛み締め最上級の答礼を量子無線越しに返す。



 ――そして、あなた自身とあなたのお父さまのためにも。



 ソコロフは、柱の影から猛然と踊り出る。

 両のレッグホルスターから抜き放たれる二丁の自動拳銃。

 ブーツの踵が鳴り、耳元を銃弾が霞め、銃口が煌めくと同時にスライドが後退、空薬きょうが次々に宙を舞う。

 両の手に握り締めた鋼鉄の使徒から吐き出される憤怒の弾丸。

 十五グラムの死の接吻。

 量子転送兵器を使用する反国家分子(リベレーター)の側面援護のために自動小銃(AK)を発砲し続けていた別の反国家分子(リベレーター)の頭部が、ザクロのように弾け飛び、思わぬ反撃に慌てて出て来た対戦車ロケット(RPG)を担いだ巨漢の反国家分子(リベレーター)もその刻印を眉間に刻んで膝を付く。


「くたばれ! 党の犬がァ!」


 罵声と共に猛然と火を噴く敵の銃火器の洗礼を無視して、ソコロフはさらに躍進する。

 膝を付き、身を屈め、柱の間を舞うように猛然と。

 教本には、絶対に書かれていないであろう戦術機動。

 一個の生ける兵器と化した男に敵が翻弄されていく。

 空のマガジンが宙を舞い、スライドの戦慄きと共に銃口が火を噴く。

 憤怒と銃火が織りなす死のワルツ。

 次々と敵を屠りつつ、ひたすらに前へ、前へ。

 件の対戦車ロケット(RPG)を手に膝を付いて死んでいる巨漢の反国家分子(リベレーター)。その位置まで躍進するとソコロフはそれを盾に銃弾を躱し、その大きな体の両脇から、すかさず、


「ぎゃぁ!」


 腰だめに軽機関銃を撃っていた別の敵を倒す。

 空になったマガジンが、床の上を撥ね、


『オペレーターっ!』


『はいっ! 同志中尉!』


『準備はいいか!』


『いつでもどうぞ!』


 立ちふさがっていた最後の敵が、声もなく崩れ落ちた。


『よし、転送しろ!』


 敵の量子転送兵器が、ソコロフの真正面にいた。

 肩に背負った巨大な銃身とその周囲を衛星(スプートニク)のように回る量子タービン。

 背中に背負った機関部から「キィィィーーンッ!」と耳をつんざくような高音が轟くと同時にオレンジ色に輝き始めるその銃口。

 弧を描いて回る量子タービンが、その速力を増していく。

 レベル4の量子転送兵器『スプートニク』。


(早く! 早く!)


 ここまでの近距離になってしまえば、もうどこに身を隠そうと意味は無い。

 刻一刻、増していく敵の量子転送兵器の充填率。

 輝きを増す巨大な銃口。

 轟く音量と光は、臨界を迎えつつある。


(この場所ごと、いっきに消し飛ばす気か!)


「くそっ!」


 タンッ! タンッ!


 堪らず放った左右の拳銃弾が、銃口の目前で次々に蒸発して消し飛んでいく。

 空になったマガジンが床の上を撥ねた。


(――弾切れっ!)


『オペレータ――』


『転送します!』


 ソコロフの叫びにかぶさるように響くオペレーターの少女の声。同時に再起動した戦術支援システム『ラトニク』からソコロフの面前にホログラム照準器が空間投影される。赤く輝く十字の照準が敵の中心線に合わさると同時にソコロフの手にのしかかる様にして現れ始めた青い空間の揺らぎ。

 最後にオペレーターの少女の声が響いた。


『量子転送、レベル5――』


 ――――シュガジビリ!!


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