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「……やぁれやれ」
ソコロフの話を聞き終わったおばあさんが、その言葉とは裏腹にどこか嬉しそうににんまりと笑った。
「第一七七民生委員会もまた、随分と思い切った決断をしたもんだ」
「ああ。とは言え、量子転送兵器は、俺たち共和国が唯一西側に対して持っているアドバンテージだ。委員長閣下も尻に火が付いている状態なんだろう。決断せざるを得なかったのさ」
で――
「そんなこんなで、ここまでの戦闘で弾薬を全部使い切ってしまってね。ああ……それと、チナツ――」
「うん。あたいの刀を急いで研ぎに出したいんだけど……おばあちゃんとこは、日本刀は……?」
「問題ないよ。お嬢ちゃんの刀もうちなら診られるよ」
と、言っても、まあ――
「付き合いのある研ぎに出すだけなんだけどね。それに、タケオ、あんたもどうせ研ぎが必要だろう? しばらく出してなかったからね。どうだい?」
「え?」
「……チナツちゃんとターシャには、まだ言ってなかったね」
そう言って、すっ、と両の手を伸ばしたタケオの掌にいつの間にか握られていたのは、
「ナイフ……いや、まさか――手裏剣かい?」
「同志中尉、アリムラ少尉って……?」
「ああ」
ソコロフは、カウンターの隅の灰皿をおばあさんに取ってもらいながら頷いた。
「ニンジャ……日本に古くから存在していたという軍事・情報技能集団の末裔。それが、アリムラ少尉なんだ」
「ほへぇ……」
チナツが感心したように声を上げ、ターシャが「ニンジャ……?」と首をコテンと傾ける。タバコを咥えたソコロフが、カチンと黄燐ライターを鳴らして、いつの間にか同じようにタバコを咥えていたおばあさんに火を差し出した。
「で、話を戻すと……まあ、そこまで急ぎって訳でもないんだね。……ああ、お嬢ちゃんの刀は別だよ。人斬ってるからね。大至急だ」
「ああ。セレモニーは、一週間後。それだけあれば、ある程度万全の準備ができるだろう。ただ、一つだけ、どうしても気になるのが……」
「量子転送兵器……かい?」
「…………」
ソコロフが、タバコを指に挟んだまま、神妙な面持ちで頷くと同時に、左右にいたホー中尉とアリムラ少尉も難しい表情で黙り込んだ。
そう。
第五十四階層での戦闘後。
第六十階層を目指す車中でターシャやチナツも含めた一同でかなり時間を掛けて話し合ったのがその件だった。
なぜ、地下政府軍、日本軍は量子転送兵器を使用しなかったのか?
競合区域内における彼らの代理組織とも言える郷土防衛戦線がそれを持っているにも関わらず。
しかも、すでにソコロフ達相手に使用されているにも関わらず、だ。
――なぜなのか?
無論、今のソコロフ達に確たる答えを出すことは出来ず、どんな意見でさえ確率の問題に過ぎない。
しかし――
「連中が、本当に持っているのか、いないのか、持っているのなら使用する気があるのか無いのか……その内容いかんで今後の作戦の内容が大きく変わって来る」
指に挟んだままのタバコの灰が、足元にポトリと落ちた。
ふむ……と、おばあさんもタバコをふかして黙り込む。
ただ、どちらにしても――
「ソーニャ……」
ポンっ、と場違いなほどの明るさで現れたブラウザの中で、会話をモニターしてくれていたであろうソーニャが、神妙な面持ちでこっくりと頷いた。
「量子転送兵器を連中が持っているかどうか、引き続き調査を頼む」
『かしこまりましたっ』
「アリムラ少尉――」
「はい。自分もまずはその点を重点的に洗います」
よしっ……ソコロフが、一同を見回して頷いた。
取り敢えずの行動の方針は決まった。
あとは――
(人民内務委員会か……)
と――ふと気が付いて顔を上げると、なにやらそわそわとするおばあさんと目が合った。
(ああ……)
その意味にすぐ気が付いたソコロフが、こっくりと頷くと表示されたままのブラウザの中でなにやらもじもじしていたソーニャが、手を広げるおばあさんへ向けて、ぴょん、と飛び跳ねた。
「おばあちゃんっ!!」
「ソォォォーニャァァァァァーァッ!!!!」




