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「……とは言えだ、会場の警備にはあの五十四階層で戦った第四〇四特殊戦術大隊を含めた大規模な戦力が投入されるだろう。はっきり言って、今から気が重い」


「やっぱり、連中は露払いでしたか」


「ああ。前回の大攻勢の時でも、あの階層までは連中も出て来なかった。それなのに、今回はどういう訳か出て来た。どうにも、変だったからね。気になっていたんだ」


「しっかし――」


 ホー中尉が、この店特製のみそダレをたっぷりと付けた餃子を美味そうに頬張りながら首を捻る。

 いくら、聖少女を守るためたぁ言っても――


「『郷土防衛戦線』を差し置いて連中が出て来るのは、あたしも妙だと思いました。ですが、同志少佐、あのお嬢ちゃんは今回どうしてまた?」


「うん、そこなんだが……ソーニャ、説明してもらってもいいかい?」


『はい、お任せくださいっ』


 ソーニャが、にっこりと微笑むと彼女の映ったブラウザとは別にもう一つ大きなブラウザが、ポンッ、と空中投影される。


『今回、「聖少女」さんが、いらっしゃるのは簡単に言えば、示威行為――「そろそろこの階層は、地下政府の傘下にはいりますよー」って言うお知らせみたいな感じです』


 実際に――もう一つの方の大きなブラウザに第六十三階層から今回『聖少女』が来るという第六十二階層までの大まかな立体地図と地下政府を含めた各勢力の勢力範囲がアップされる。


『第六十三階層には、最近、「郷土防衛戦線」の大きな支部が出来て、ヤクザさんやマフィアさんが、「あいつら、無茶苦茶だー」ってプンプンしてます。もう、あの階層のかなりの部分で地下政府が侵食しているみたいです』


「うひゃぁ……あのジュリアーノ・ファミリーが壊滅? で……。あぁ、ボロゾフ・ファミリーは、もう夜逃げするしかないねぇ。あっ、と言うことは、うちの傘下の恩田組もか……。ひどいねぇ……」


「なるほど……」


 ソコロフが、ラーメンの最後の一口を啜り込み、空になった餃子の皿の上に箸を置いて腕を組む。

 聖少女が、鉄壁とも言うべき警備体制を敷く第八十二階層『オルタナティブ・エリア32』から出て来る動機としてはまずまず十分と言っていいだろう。これまでも、新たな階層を傘下に置く際には、必ず彼女が出て来てセレモニーを行っていた。

 ただ――

 ホー中尉とアリムラ少尉も同じことを考えていたのか、箸を止めてじっとブラウザを見つめて黙り込む。

 そう。


「ソーニャちゃん――」


 アリムラ少尉ことタケオが、カウンターの上に両の肘をついて考え込むように言った。


「罠の可能性は、ないかな?」


『そうですね……確かにタイミングが良すぎて、って言う感じはしますね。ただ、侵食自体は、もうずいぶん前からですし、地下政府軍の通信を傍受してると――』


 ソーニャは、うーん……とその可愛らしい唇に人差し指を当てて宙をにらむ。


『通信量が、明らかに以前より多いんです。それに、頻繁に暗号を変更していて……』


「なぁるほど……そりゃぁ、確かに臭いやねぇ」


『そうなんです。それに、ここ最近、地下世界(アンダーグラウンド)の中央証券取引所の兵器関連、医薬品関連の株価がすごい勢いで高騰してるんです。それで、どんな人たちが株を買ってるのかなー、って調べると……』


「広域企業体連合と日本人……かな?」


『ふふふ。その通りです。さすが、ソコロフさんですね』


 頬を赤らめて、嬉しそうに微笑むソーニャ。

 確かに、ここまで条件が揃えば――ホー中尉とアリムラ少尉、そして、ターシャとチナツ、一同がこっくりと頷いた。


「そう言うことだ。どういう形を取るにせよ『聖少女』が来訪する可能性は――」



 ――極めて高い。



「それにだ」


 とソコロフは人差し指を立てて、一同の目を見つめながら言った。


「このセレモニー自体は、確実に行われる。この手のセレモニーで暗殺が成功すれば、地下政府の、日本政府の受ける政治的ダメージは計り知れない」


 そして、何より――


「俺達に残された時間は少ない。これが仮に罠であろうがなかろうが、俺たちにのんびりと検討する時間の余裕はないんだ」


「……つまり、私たちは何としてもこの作戦を成功させなければいけないということですね」


「その通りだ」



 …………。



 静かな闘志と張りつめた緊張感が一同に漲る。

 と、景気のいい音を立てる中華鍋の音とラジオの哀愁を帯びた歌声の低く流れる中、カウンターから出て来た件のおばさんが、そっとソコロフの肩を叩いてメモを掌に握らせた。


おばあさん(バーブシカ)からです」


 メモを開くと辛うじて読み取れる鉛筆の走り書きでこうあった。


『今日は、もう店を閉めるからすぐ来ておくれ』



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