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「ぇいらっしゃい」
アルミサッシの引き戸を開けるとカウンターの向こうから渋い声が響く。
「……ここが目的地なのかい?」
「そぅだよぉ。ここが目的地だよぅ♪」
一同の最後に店に入ったホー中尉が歌うように応えて、後ろ手に引き戸を閉めた。
濛々とこもる温かな湯気と鼻腔をくすぐる美味そうな脂の匂い。
目を丸くするターシャとキョトンと狐につままれたような表情を浮かべるチナツ。カウンターの中から人数分のコップをお盆に乗せて出て来たおばさんが「さあ、どうぞ」とそんな二人へデコラ張りのカウンターを勧めながらにっこりと微笑んだ。
そう、ここは――
「だって、ラーメン屋だよ……少佐さん?」
ホントに?
と、カウンター席にもぞもぞと座りが悪そうに座ったチナツと物珍しそうに店の中を見回すターシャの姿にホー叔父さんことホー中尉とタケオ、そしてソコロフの三人が顔を見合わせニヤリと笑う。
「少佐、ラーメンと餃子を人数分でいいですね? おばちゃん――」
タケオことアリムラ少尉が、手際よくおばさんに注文をするのを横目に、ターシャはカウンターの中が気になるのか、そーっと中を覗き込む。野菜を炒める中華鍋の「かっぽん、かっぽん」という音と湧き上がる大量の湯気に、ターシャの青い瞳が興味津々の面持ちでキラキラと輝いている。
が、
あまりそうして遊んでいるわけにもいかない。
『ソコロフさん――』
空中投影されたブラウザからソーニャが呼び掛ける。
ソコロフは、左右に座った一同を順に見回して頷いた。
「実は、今後の予定について少しばかり変更したい」
「変更……同志中尉、委員会戦闘本部から何か?」
「いや、実は第五十四階層で戦った連中の事がどうにも気になってね」
再び、軍人の顔に戻ったターシャが声を潜め、他の連中も一様に真剣な表情で頷く。
客の少ない店内に、地下世界の今週のヒットチャートを告げるラジオの音とカウンターの中の調理の音だけが響いている。
ソコロフは、カウンターの隅の灰皿を引き寄せるとタバコを口に咥え、黄燐ライターでカチンと火を付けた。
ホー中尉も、背広の内ポケットからタバコを引っ張り出して咥えながら、
「あぁ、少佐もやはり気になっておられましたかね」
「ああ。どうにも変だったからね。で、ソーニャに調べてもらったんだが――」
ソコロフは、煙と共に大きなため息を吐いた。
「大当たりだ」
どうやら――
「『聖少女』は……彼女は近々、第八十二階層『オルタナティブ・エリア32』から第六十二階層にまで出て来るらしい」
「え……じゃあ、『オルタナティブ・エリア32』には――」
「ああ。潜入しなくて済むだろう」
…………
と、
「はぃ、お待ちどうさんっ!」
カウンター越しに伸びて来たしわだらけの手がラーメンのどんぶりを全員の前に「ゴトン……」と置くと間髪入れず、「はい、どうぞ」と先のおばさんが、その脇に餃子の皿を置いていく。
「まあ、とにかく食べながら話そう」
ソコロフが、タバコを灰皿で揉み消すとターシャにカウンターの隅に置かれていた割りばしを取ってやり、皆も一様に割りばしに手を伸ばして、チナツが「パンッ!」と顔の前で手を合わせた。
「いただきます」
そして――
しばし、麺とスープを啜る音が響き、ターシャが「……」涙目で両隣にいるソコロフとチナツに「……これどうやって食べるんですか?」と助けを求めたりしながら、なんとか皆が満足気に一息ついたところでソコロフは、再び、口を開いた。




