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 タイヤが軋んで巨大なコンクリート製の柱の陰に車が止まると後部座席から降りたチナツが「はぁぁぁ」と大きく伸びをして、その隣ではやれやれといった調子で、ホー叔父さんことホー中尉が腰を鳴らした。

 続いて車から降りたターシャも、両の手で口を覆って大きなあくびをする。



 シャフト 第六十一階層 パワープラント



「イタリア製か……」


 これ、いいな……。

 車好きのタケオが、運転席に座ったまま満足げにハンドルを摩って何度も頷いているのを横目に助手席のソコロフは、タバコに火を付ける。

 それにしても……。

 ソコロフが、運転席のタケオことアリムラ少尉にタバコを勧めて言った。


「相変わらず見事な運転だった」


「まあ、車も良かったですからね。同志少佐、委員会はあの情報屋に金をやり過ぎなんじゃないでしょうか?」


「ふむ……」


 ソコロフは、情報屋のヤニで汚れた黄色い歯を思い浮かべながら少し考えてみた。ヤツは第一七七民生委員会(ソコロフたち)だけではなく、反国家分子(リベレーター)や地下政府にも情報を売っているから、儲かっているのは間違いない。

 夜中に叩き起こして車を借りるくらいの権利はあるだろう。

 ともあれ――


「車は、ここに置いていく」


 ソコロフは、一同に頷いてみせた。

 モノレールで本来は来るはずだった第六十一階層。

 ちょうど、第五十六階層に住んでいた情報屋から車を借りて裏道を飛ばして走ることおよそ六時間、本来の到着予定の時刻から一時間ほど遅れての到着となった。


「まあ、敵の追跡を撒けたと思えば安いんもんでさぁね」


 ターシャが、また、小さなあくびをして頬を赤らめ、ホー叔父さんが首をコキンと鳴らした。


「ああ、目的地はすぐそこだ。が――」


 目の前にブラウザが現れて、ソーニャがこっくりと頷いた。頼んでおいた事が確認できたらしい。


「街に着いたら、改めてみんなに相談したいことがある」


 咥えタバコのソコロフが、車から降りると先頭に立って街へと歩き出す。

 高い天井からぼんやりと周囲を照らすオレンジ色の薄暗い明りの中に「ぼぅ」と照らされた赤錆びたキャットウォークと壁や柱を這い伝う無数の錆び付いたパイプたち。そんな地下特有のじっとりと湿った空気に覆われた鉄とコンクリートの無機質な空間を歩くこと数分。

 前方に薄っすらと町の灯が見え、さらに歩いていくと巨大な原子力発電所(パワープラント)を中心に放射状に広がる高圧電流の鉄塔の下に煌々と輝く街並みが、林立する柱や鉄柱の間から徐々に見えて来た。

 車を近くの廃工場の中に隠したタケオが皆に追い着くと一行は、無人周回車(オムニバス)も走る広い道へ出て、歩みを速めて街の中へ。

 コマーシャル・プレイスほどではないにしても、華やかな電飾に彩られた商店が数多く並び光に溢れたその街並は、この階層が競合区域(コンテストエリア)内では比較的電力供給に余裕のある豊かな階層であることを示している。

 行きかう人々の表情や視線に注意しつつ、ソコロフが隣を歩くターシャにそっと囁いた。


(ターシャ、車の中で説明した通り、ここは『愛国救済同盟』と『郷土防衛戦線』、二つの反国家分子(リベレーター)の本部が置かれている階層だ。すれ違う通行人には十分注意してくれ。チナツ、君もだ)


(はい、ミーシャさん)


(ヘイよー。つか、連中の見分け方をターシャさんに教えてあげた方がいいんじゃないかい? あいつら、割合簡単にどっちか見分けつくよ?)


(え? チナツさん、そんな方法があるんですか?)


(うん。まぁ……方法つーか、なんつーか……)


(方法というよりは、それぞれの特徴だろうね)


 腕を組んで口を尖らせたチナツに応えてタケオがそう言いかけた時、通りの先の角から服装もまちまちの武装した集団が、ぞろぞろと歩いて来るのが見えた。

 顔は、一様に劣等民族、日本人だ。


(チナツさん、タケオさん……あの人たちは?)


(ああ、ちょうどいい。連中が『愛国救済同盟』か『郷土防衛戦線』か、クイズと行こう)


(へへ、じゃあ、あたいから答えた方がフェアかな)


 嬉しそうにタケオに耳打ちするチナツを横目に、ソコロフは周囲を警戒しながらターシャがどう答えるか耳をすませる。

 このあたりの経験しなければ分からない知識が、いまや、ターシャのような新人ばかりになった第一七七民生委員会には決定的に不足しつつある。まあ、収容所(ラーゲリ)送りになった連中や地下世界(アンダーグラウンド)に逃亡した連中が戻って来てくれればいくらか解決はするのだが。

 で、ターシャの答えは――


(『愛国救済同盟』……ですか?)


(…………ふふふ。お兄いさん、答えを)


(残念、ターシャ。答えは、『郷土防衛戦線』だよ)


(ええ……。でも、どうやって……?)


 ソコロフが、クスリと笑って、さも隣を歩く恋人に囁くようにして、ターシャにそっと顔を寄せた。


(ポイントは二つだ。一つは、そもそも、『愛国救済同盟』は、ああやって武器を持って街を歩くことをしない。そして、もう一つは……まあ、絶対という訳ではないんだが……)


 自動小銃(AK)のスリングを肩に掛け対戦車ロケット(RPG)や重機関銃を手に歩調をとることもなく、ぞろぞろと歩く男女三十人ほどの列がソコロフたちのすぐ横を通り抜けていく。連中が隣を通り過ぎ、十分に距離が開いたのを確認してから、ソコロフが再びターシャに囁いた。


(連中を見て何か気付いたことはないか?)


(そうですね……)


 うーん……コテンとその可愛らしい相貌を傾け、眉を顰めるターシャにソコロフは、さらに斜め向かいの商店の店先にいる背広姿の数人の男をそっと親指で指し示す。


(あの店先にいるのが、一般的な日本人だ)


(あぁ……。もしかして……)


(おっ、ターシャさん、気付いたね)


(さっき会った人たちは、割と体格がよかったような……鉱山技師をしていた叔父とよく似た体格をしていました)


 どうでしょう? と見上げてくるターシャの青い瞳にソコロフは、大きく頷いた。


(ああ、よく気が付いた。『郷土防衛戦線』は構成員に肉体労働者が多いと言われている。そして――ここまで言えば想像が付くだろうが)


 見えて来た目的地の周囲を注意深く観察しつつ、一同から少し離れて後ろを歩くホー中尉を一度振り返って、ほっ、と一息ついて言った。


(さっきの店先にいた背広の連中が――)


 どうやら、気付かれずに済んだらしい。


(『愛国救済同盟』の連中だ)



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