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扉を閉めると議場のざわめきがパタリと聞こえなくなり、部屋の中は重い沈黙に包まれた。
「さて――」
大きな円卓の中央に座った黒いスーツの男が一同を見回した。
男を中心に間隔を空けて七人。
男を含めて七人の重鎮が、息を詰めるようにして互いの顔を見つめていた。
と――
男は口を開きかけて、再び、閉じる。
男の背後の大きな窓の中、板葺き屋根の街並みの向こうに見える時計塔が、ゴォーン、ゴォーン、と鳴って午後三時を告げた。
「さて、議事を再開したい。かの――」
男は、そこで言葉を一端切って、一枚の書類を空中投影する。
「かの人民内務委員会のから提案に関して、我々、広域企業体連合は、如何なる判断を下すべきか……今日中に、この六人委員会で結論を出さねばならんのです。提案の内容に関しては、先ほど説明のあった通り情報部の詳細な検討を経ておりますので、諸兄も重々ご理解を頂けたかと思いますが……委員長である私としましては――」
「お言葉だが、ベローウッド卿」
男の左斜め向かいに座る黄金色の髪に几帳面に櫛を入れた長身の男が、神経質そうな血管の浮き出た手をすっと上げて見せる。
「……何かね、トミー?」
「詳細な説明を受けた結果意見が纏まらず、我々六人委員会はこうして未だに缶詰にされておるのだろう? 実質、話は何も決まっていない。君は、この状態で決を採る気かね?」
それと――
「君との付き合いは長いが、ここではダートムア卿と呼んでくれんかね、アレックス」
「なるほど……ダートムア卿は、あまり彼らの提案には乗り気ではない、と」
ダートムア卿の右隣に座る東洋人。
大人と敬意を込めて周囲から呼ばれる太った老人が、その細い目を一段と細めて白いあごひげを撫でるとダートムア卿は、筋張った喉を震わせて吐き捨てるように言った。
「そうは言われるが、シユウ大人。相手は政治的狂人と呼ばれる連中ですぞ! 窓の外の惨状をあなたもご覧になった筈だ。あのような連中とまともなビジネスの話ができますか! ましてや、俎上に上がっておるメタンハイドレード鉱床は――」
「無論……いま俎上に上がっている条件のみを判断材料にして、相手の提案を呑むわけにはいかぬ……。いかぬが……」
「無下にするには、あまりに魅力的すぎる……ですね」
遠く宙を見つめて喉の奥で唸るシユウ大人にその斜め向かい側、ちょうどベローウッドの右隣りに座ったコマツバラ卿が、眼鏡の奥のその思慮深い瞳を物憂げに瞬かせてみせる。
他の一同も賛意を示すように小さく頷いてため息を吐いた。
そう、問題はその提案だ。
埋蔵量およそ二十八兆立方メートル。
時価総額十兆七千億ドルのメタンハイドレード鉱。
その独占的採掘権。
人民内務委員会が、地下世界での協力の対価として示してきたものだった。
求めているのはあくまで協力であり、より広範囲な政治的協調や軍事行動を求められる同盟ではない。
そして、その対価としては、あまりにも破格な提案。
普通なら「そんなことをしてまで彼らに一体何の得がある?」と一笑に付すすべき内容である。
(だが、問題は……)
そう、彼ら人民内務委員会には、そうまでしても手に入れなければいけないものが確かにあるのだ。
そして、その障壁となっているのが――。
(国家人民軍第一七七民生委員会……)
地下世界での影響力の拡大とその権益の独占を目指す人民内務委員会の仇敵。
であると同時に、
(わが広域企業体連合の地下世界における協力者であり、地下政府に対する牽制役……)
言わば、ビジネスパートナーである。
あちらを立てれば、こちらが立たず。
とは言え――。
そう、
(とは言え……)
委員長であるベローウッドが無言で一同を見回すが、発言する者は誰もいない。物憂い空気が流れる中、流行りのデザインの背広をりゅうと着こなしたザッカーリア卿が、ニヤリと微笑んだ。
「いっそ、コインでも投げて決めちゃどうだい? 要は、第一七七民生委員会と人民内務委員会、どちらを選ぶかということなんだろう?」
歌うように茶化すと、この委員会の紅一点、年齢不詳の美女ソルボンヌ卿が「まぁ、ザッカーリア卿ったら」と上品に微笑んで見せた。
確かに、コインでも投げて決めたいところではある。




